
#396 「なんちゃってDX」から抜け出す思考。デジタル化の本質を考える (1/2)
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
「行政のDX」とか「物流のDX」とか、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を一度は聞いたことがある人が多いと思います。
ビズリーチの採用ページを見ていても、「○○のDXに関わる求人」のように、DXという言葉が当たり前のように使われるようになりました。
DXのX「トランスフォーメーション」は「何かを完全に変えること」を指すので、元の形はすっかりなくなってしまうことを表すインパクトが強い言葉です。
一方で、実際に「○○のDX」の文脈で語られている対象が、これまでの「○○のIT化」という言葉の置き換えに過ぎず、何らかの事務フローや業務プロセスをデジタル技術を使って改善する、くらいの「なんちゃってDX」が多いのも事実。ハンコをなくす、リモート会議する、紙の処理を電子化する、のような話です。
DXという言葉が、一時的な流行り言葉のように聞こえてきて嫌だなぁと感じていたタイミングで、目に止まった本がありました。
パラパラと読み進めてみると、私がDXという言葉に対して抱いていた違和感や、デジタル化が本質的に指していることを丁寧にガイドくださっている本であることに気付き、危機感とワクワク感が止まりませんでした。この本の著者の西山圭太さんは極めて聡明な方で、解説を書いている冨山和彦さんが称されているように「天才」だと感じました。この本が発売されたのは2021年4月、AIもGPT-3の時代ですが、その後にOpenAIが2022年11月にChatGPTを公表し、2024年5月にGPT-4oを公表してからの社会変化を的確に予言されています。
海外で既に起こっていることに目を向けても、「紙の仕事をデジタル化しましょう」とか「マイナンバー反対」みたいな次元のところで止まっていていいのか?という危機感が半端ないです。
DXが本来指している難解な話について、例えなども使ってできるだけ分かりやすく表現してくれている良本なので、ぜひご興味ある方はご覧になってください。
今日は、本書で紹介されている内容の一部を抜粋しながら、自分の思考法として取り入れていかないといけないと感じた話をご紹介します。
デジタル化は、新たな「ヨコ割り」をもたらした
「タテ割り組織」が非難されるのをよく見るようになりました。デジタル庁が総務省や法務省などの一つではなく、各省を横断するような組織として配置されているのも明確に「タテ割り打破」を意図したものだと思いますし、各企業の中でも縦割りで同じ会社なのに情報共有がされないとか風通しが悪いことがしばしば批判されます。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/satei_01_05.html
過去に遡ると、現状のタテ割りはもともと「企業内ヨコ割り」を起源にしており、かつては上手く機能していたという言及があります。
つまり、Beforeデジタルの時代には、各企業は企業内ローテーションを行うことで、独自の競争力を身につけてきました。特に製造業のライン仕事では、組織内異動により担当工程の前後を知ることで、「この工程でこういう形で後続工程に連携すれば、全体として効率化が図れる」といった具合に改善提案ができますから、各企業はより競争力をつけるために企業内ローテーションによる改善活動を進めてきました。
情報もネットなどで外に出ない時代で、「熟練」「阿吽の呼吸」という名の「暗黙知」が組織内に蓄積され、それが企業の競争力となりますから、「企業内ヨコ割り」が上手く機能していました。だから社内での社員旅行や飲み会を繰り返すことで同質化することが合理的な競争戦略だったのです。
「企業内ヨコ割り」の時代には、暗黙知の情報を企業内に秘匿することが競争力の源泉となりますから、「企業間タテ割り」に繋がります。そして「企業間タテ割り」はそのまま「業種タテ割り」となる。つまり、戦後日本経済は、主力産業を繊維などの軽工業から石油コンビナートなどの重化学工業に転換し、自動車や半導体などの高付加価値な製品に転換しながら成長を続けてきたわけですが、ある業種の外に新しい業種が横に足されて並んでいく、というイメージだったんですね。
その後の「IT産業」が来た時も、新しい業種がこれまでの外に並ぶ形で出来たと考えて戦ってしまい、その結果海外企業に勢いを持ってかれてしまいました。つまり、ITやデジタルでは、業界・業種が並列するのではなく、情報技術のOSI参照モデルのようにヨコ割りのミルフィーユ型ロジックを前提としています。

出所:マイナビニュース「TECH+」
https://news.mynavi.jp/techplus/article/networksyosinsya-15/
デジタル化がもたらしたのは、業界内に閉じたタテ割りの価値創造ではなく、業界横断型のヨコ割りの価値創造なんですね。だから、これまで必勝法だった「タテ割り」ロジックでは太刀打ちできなくなり、日本は世界から大きく遅れを取ってしまったという指摘です。
産業構造が「ヨコ割り」に変容している
西山氏はこれを「レイヤー構造」と称しており、DXによりIX(Industrial Transformation、産業変革)が重要になっていると指摘しています。
「アマゾン銀行が誕生する日」でも解説されている通り、例えば「金融業」は金融業界のみが担ってきた世界線から、BaaS(Bank as a Service)により「金融機能」を他業界のプレイヤーが獲得し、自身のサービスの一部として組み込むようになっています。「アマゾン銀行が誕生する日」では「金融という業種がやりたいプレイヤーは多くないが、金融機能が欲しいプレイヤーは多い」という表現がされています。
「○○業界」のように業界間が仕切られているのではなく、業界間の壁は既に無くなりつつありますね。
だから最近の「業界地図」では、明らかに編集社側が業界で企業を括るのに困っている感満載です。無理やり業界に当てはめるのであれば、テスラは電気自動車の製造を行う点で自動車業界とも言えますし、エネルギー生成・貯蔵システムの開発を行う点でエネルギー産業とも言えます。これらの開発には当然デジタル技術をベースにしているわけで、「○○業界のテスラ」という「タテ割りの業界」を前提にするのに無理が生じているわけです。産業構造そのものが変容していると捉えるのが適切です。
「図があって、地ができる」発想
西山氏は、万有引力を発見した「空間があってその中に図を描いていく」というニュートンの発想から、相対性理論を発見した「太陽や地球があって、それらが歪みのある時空間を作っている」という「図があって、地ができる」アインシュタインの発想への転換が必要と説きます。
つまり、業界の線引きが先にあって、その中に自社が自分が存在しているという発想ではなく、様々な企業や個人がいて、それらの関係性の中で産業や市場が出来上がるという感覚です。
「○○業界でシェア○○位の○○企業で、課長代理を務めている○○です」みたいなのは「地があって図を描く」典型的な発想ですが、「ヨコ割り」のミルフィーユ型の形をしているデジタル化のロジックとは合いません。
だから、既存業界内に閉じたこれまでの業務プロセスに対して、単純にデジタル技術を活用して効率化を図る、みたいな話は、DXの本質的な思考ロジックとは全く異なるものであるということです。
次回は、デジタル化における課題解決の捉え方について、深掘りしていきます。
いいなと思ったら応援しよう!
