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「選挙」と「アテンションエコノミー」の話

世界的な選挙イヤーと言われる今年。7月時点で、すでにダークホース的な勢力の躍進や、圧勝が予想された候補者の苦戦など…驚きのニュースが後を絶ちません。そんな昨今の選挙情勢に、かねてから問題視されている情報空間の「アテンションエコノミー」が大きな影響を与えているのではないか、という指摘の声が聞かれるようになりました。メディアや広告の問題を研究する私としても、この問題に自分なりの意見をまとめておきたいと思います。

7年前、選挙報道の現場で見た初期症状

アテンションエコノミーと選挙の関係について、最初に疑問を抱いたのは、私がテレビ記者だった7年ほど前のことです。

当時、政治部キャップとして選挙関連の取材に責任を負う立場だった私は、メンバーと一緒に日夜、政治家や政党関係者への取材に走り回っていました。

そんな頑張りも虚しく、世間では期日前の投票率がなかなか上がらず、選挙への注目度は低いままでした。取材先で出会う政治家や秘書からは、「メディアはなんでもっと注目を集めるような発信をしないの?」と問われることもたびたび。

私自身も、自分の局が流している放送内容には納得がいきませんでした。なぜなら公示前と何一つ変わらない、グルメや密着モノなど、視聴率狙いの企画ばかり放送していましたから。

いよいよ投票日まであと数日、というところで、私は上司に「少しだけでもいいので、選挙関連のニュースを放送する枠をもらえませんか」と掛け合いました。

返ってきた答えは「いまウチ(の局)、視聴率厳しいから」とピシャリ…。当時からすでに、スマホ・SNSとの「可処分時間の奪い合い」が始まりつつあったのは事実です。とはいえ報道機関として「有権者に、重要な判断材料を提供する」という使命が、「視聴率」という大義名分のもと、“それが当たり前”のように却下されることが、日常的に繰り返されていました。

選挙の「結果」にまで影響を与え始めた?

その後もメディアを取り巻く収益環境はますます悪化し続けており、広告業界も含め、「とにかくPV」「とにかく視聴率」を志向する流れは強まっています。

私はこうしたアテンションエコノミーの拡大が、選挙の「結果」にまで影響を与え始めている可能性がある、と考えています。なぜならアテンションエコノミーを起点として、あらゆる立場の人たちの利害が、偶然にも一致しつつあるように見受けられるからです。

メディアにとって「PVを稼げる候補者」の登場は願ったり叶ったり

アテンションエコノミー下では、選挙関連のネタだろうとなかろうと、「稼げるコンテンツ」は魅力的に映ります。一方で、稼げるからといって中身のないコンテンツばかりを作り続けてしまうと、やがてユーザーから見放されてしまいます。ニュースメディアの中には、「稼ぐためのコンテンツ」と、「ユーザーや社会のためのコンテンツ」のバランスに苦慮しているところもあるようです。

もがくニュースメディアにとって、ただ顔が出るだけでPVや視聴回数が跳ね上がるような「スター候補者」は、救世主そのもの。“PVを稼げる”候補者の登場により、「選挙報道」という硬派なネタが、収益にも貢献してくれるコスパ最強のコンテンツに大化けするわけです。

冒頭で、私が提案した選挙企画が「いまウチ(の局)、視聴率厳しいから」と一刀両断されてしまったエピソードを紹介しました。7年前の当時、もしも石丸さんのような候補者がいたら…断られるようなことはなかったかもしれません。

プラットフォーム事業者にとっても…願ったり叶ったり

YoutubeやTikTok、またニュースポータルと呼ばれるような「プラットフォーム事業者」も、この選挙とアテンションエコノミーの恩恵に与っているプレイヤーです。

前提としてこれらのプラットフォーマーは、「ユーザーをいかに長く引き止めて、複数のコンテンツを横断してもらうか」を生存本能とする企業です。そして、そんなプラットフォーマーの“特権”とも言えるのが、「生産者」であるメディア企業から集めたコンテンツの中で、「どれを優先的に表示し、誰に対してレコメンドするか」を独占的に決められること。

プラットフォーマーにとっても、PVや再生回数が期待できる候補者関連のコンテンツは旨みが凝縮されています。メディアとプラットフォーマーの関係性は時に険悪なものになりがちですが、こと選挙関連、特に“PVを稼げる候補者”絡みのコンテンツにおいては、「たくさん作って、納品して欲しい」プラットフォーマーと、「たくさん作りたい」メディアの利害が一致してしまうわけです。

「不満」がさらに増幅される…ネット空間ならでは問題も

このようにメディアとプラットフォーマーが営利企業である以上、ユーザー(有権者)に「冷静な選択を呼びかける」とは真逆の情報提供が行われてしまっているのが現状です。

一方、情報の受け手の側にも、ある変化が見られます。

先日、「自国の民主主義に不満を抱く人の割合が、世界各国で軒並み上昇している」というニュースがありました。こうした市民の不満の受け皿が、ポピュリズム台頭に勢いを与えている、というわけです。さらにこれが、ネット空間ならではの仕組みもさらに相まって、止まるところを知らない様相を呈しています。

インターネットには「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」といった特徴があり、それによる様々なリスクが指摘されています。まさに今回の都知事選にそれがどのように影響したか、あしびな@shine🌈さんがうまくまとめられていたのでご紹介します。

エコーチェンバーとは、ソーシャルメディアを利用する際に、自分の興味関心にしたがってユーザーをフォローする結果、自分と似た意見ばかり集まってしまう状況のこと
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フィルターバブルとは、検索エンジンやSNSなどのインターネットサービスにおいて、アルゴリズムがユーザーの過去の行動を分析し学習することで、ユーザーが見たい(と思われる)情報を優先的に表示し、ユーザーが見たくない(と推測される)情報は排除して表示すること

あしびな@shine🌈さんの記事より引用

こうした現象により、大衆にくすぶる不満が、インターネット・SNSによってさらに増幅され、投票行動にまで影響を与えている可能性は否めません。これは世界中で、ますます進行していくトレンドではないでしょうか。

アテンションエコノミーと選挙の相関図(自作)

「アテンションエコノミー」の拡大により、今後ますます「選挙」は一種の一大イベントとなり、過激な候補者の登場や、そのパフォーマンスに拍車をかける可能性があります。以前から言われている「ポピュリズム」の問題は、「デジタル版・ポピュリズム」として、さらに厄介なものになりつつあると言えるのではないでしょうか。

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