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#006 写真レンズのトラブルと対処法

さまざまなオールドレンズをいじっていると、レンズ其々に多様なトラブルがあります。特に私はジャンクものばかり扱うので、ほとんどと言っていいほどトラブルを抱えたレンズがやってきます。
多くの場合、くもり・カビ・傷・バルサム関係で、複合パターンもよくあることです。軽症ならまだしも、ひどい場合は進行する可能性もあるので、まともに使うためには修理が必要となります。
今回、他ではあまり詳しく書かれていないようなので、レンズのトラブルとその対処法を解説いたします。

■ピントリングの回転不良(発生度★★★ 回復率★★★)
ピント調節ができるレンズでたまにあるのが、ピントリングがスカスカだったり、ガチガチで回らなかったり、回ってもムラがあったりという症状です。
これはピントを動かすヘリコイドのグリスの劣化に拠るものです。
 修復は割と簡単で、分解して古いグリスを落とし、再度グリスアップすれば直ります。ただし、ヘリコイドは複数のネジ切りがしてあるので、元に戻す際にスタート位置を間違えると無限遠が出なくなったり、指標の位置がズレたりします。DIYで行う場合はこの点に留意して、慎重な判断が必要です。

古いレンズはグリスが劣化して回転が悪くなっています。
古いグリスを落として、再度新しいグリスを巻き直します。

■くもり(発生度★★★ 回復率★★★)
レンズは出荷時には基本的に透明度が高く、レンズを覗いてみると素通しでクリアに見えます。
しかし、経年と共に透明度が失われ、曇ったようになることがあります。
これはレンズ周りに配置されているシャッター・ヘリコイド・絞りといったメカ部分に使用されているオイル分が揮発し、ガラスの表面に付着してしまうことが多くの原因のようです。これらは基本的にレンズ表面へ重大な損傷を与えるものではないことが多く、分解して無水アルコールや洗浄液で拭くと取ることができます。

くもりが発生した例

■ちり(発生度★★★ 回復率★★★)
レンズは基本的に数枚のレンズを組み合わせて集光・結像させる仕組みになっています。ちりはそのレンズとレンズの間にゴミが入ってしまう現象です。写り自体にはそれほど影響がありませんが、望遠系の大口径レンズなどの場合、玉ボケの中に点々とちりが写る場合があります。
ちりが入ってしまっても分解が容易であれば、分解してブロアで吹き飛ばせばそれでOKです。
分解できない場合が要注意で、長時間多湿なところに放っておくと後述のカビの原因となります。

ちりは内部でなければ吹き飛ばせる。内部の場合は分解清掃が必要。
ボケの中にちりが写り込んだ例。大きめのちりはできるだけ早く取った方が良いだろう。

■レンズのカビ(発生度★★☆ 回復率★★☆)
「数年ぶりにバッグからレンズを出してみたら何やら曇っている」「レンズ内に網状の菌糸が見える」など、こちらも発生率が高いトラブルです。
そのまま撮影すると、コントラスト低下や、フレアが出たり、ものの輪郭がぼやけたりします。
 カビの原因は、空気中にあるカビの胞子がレンズ内に入り込み、ちりや埃・湿気を栄養として菌糸が広がる症状です。レンズ内を無菌状態にできれば良いのでしょうが、多くのレンズはズームや焦点合わせのため、稼動する仕組みとなっているために鏡胴内に外の空気が入り込みます。
 これらのカビは、菌糸が伸び始めてから数年以内であれば分解洗浄することで回復可能です。私の経験上、生きているカビはだいたい落とせます。
ただし、数十年そのままの状態にしたり、菌糸が生えたまま乾燥させてカビを殺してしまうと、カビの根がレンズのコーティングまで食い込み、コーティングごと剥がれてしまうということが起こります。
古いレンズほど、回復率は低い傾向にあります。
 カビは「胞子+ちり+湿気」で発生するので、どれか一つを防げばよいです。「胞子」「ちり」は使用していれば入る可能性があるものなので、「湿気」を奪えば良いわけです。レンズを使ったら掃除してから防湿庫や乾燥剤入りの密閉容器で保管するのが良いでしょう。

わかりやすいカビの例。こちらはまだ生えたてだったため完全除去できた。
こちらもカビ。しかし時間が経ってしまっていたため、カビ痕が残ってしまった。
こちらもだいぶひどいカビ。菌糸状に広がっているのが分かる。

■傷(発生度★★★ 回復率☆☆☆)
傷は目で見てわかる打傷や線状のものから、ごく微細なものまでさまざまです。微細なものは写りに殆ど影響しないので、気にしなくても良いのですが、深い傷がたくさんあると、コントラスト低下やフレアの原因になったり、ひどい場合はモヤけた写真しか撮れなくなります。
 傷は一度ついてしまうと、再研磨・再コーティングするしか回復の道はありません。現行品ならまだしも、オールドレンズはメーカーも修理不可が大半かと思います。
なので、傷つけない事が一番の対策です。
レンズ前玉に砂や金属粉がついた場合は、クロス拭きせずにブロアなどで吹き飛ばすのが肝要です。
私は好きではないですが、レンズ前にフィルターをつけるのも対策の一つになります。初心者の方はぜひフィルターを付けてください。

拭き傷の例。古いレンズにはコーティングが柔らかかったり、ガラス自体が柔らかかったりするものがあるので、ちりがついた場合は注意して清掃する。

■コーティングはげ(発生度★★☆ 回復率☆☆☆)
レンズのガラスはレンズの表面にコーティングという、ごく薄い金属膜を蒸着することで光の乱反射を抑え、光学性能を上げています。
 オールドレンズではコーティングなしものもありますが、たいていのレンズにはコーティングがされています。コーティングはその方法にもよりますが、レンズ表面を強く拭いたり、傷が元となり剥がれてしまうことがあります。このほかに経年で劣化してしまうこともあります。
一度剥がれてしまったコーティングはほとんどの場合治すことはできません。

コーティングが剥げたところを拡大してみると2層以上のコーティングがされているのが分かる。
傷が元となってコーティングが剥げた例。

■ガラスの気泡 (発生度★★☆ 回復率☆☆☆)
最近のレンズにはあまり見られませんが、60年代以前のオールドレンズにはよくあるものです。
一見するとゴミや塵と間違えるほど小さい気泡ですが、拡大してみるとガラスの中に封じ込められた気泡だという事が解ります。そもそもガラス内に入っている物なので、後から除去することはできません。
撮影自体にはあまり影響が無いですが、気泡がたくさんある場合はコントラスト低下や滲み等があるかもしれません。
個体差によるところが大きいので、オールドレンズを購入する際は留意すべきポイントです。

粒々と写っているのが気泡。この例ではかなり量が多い。
拡大するとレンズに封じられた気泡だということがよくわかる。

■バルサム切れ(発生度★★☆ 回復率★★☆)
中古レンズ市場をみていると「バルサム」と書かれているものがあります。
そもそもバルサムとは、複数のレンズを接着する為の樹脂系接着剤のことです。この接着剤は高温で緩くなるため、レンズの縁の方から剥がれてきてしまったり、気泡が入る症状です。レンズの縁側から発生するので、多少ならあまり写りには影響しません。しかしバルサム切れが進行すると、コントラスト低下やピントが合わないなど、本来の写りにならなくなります。

70年代以降は石油系の接着剤が多くなったのですが、樹脂・石油系ともに剥がれる症状が見られています。
 バルサムが剥がれて来てしまった場合は、一度完全に剥がして貼り直せば修理可能です。ただし、貼り直す際に確実にレンズの中心同志で貼る必要があり、難易度はかなり高めです。貼り合わせにはコリメーターという、レンズの中心出しを行う設備が必要になるため、修理専門店でも断られることの多いトラブルと言えます。
 急激な温度差でガラスの膨張と収縮が起こりバルサム切れが発生しやすくなるようなので、撮影の際は気をつけたいところです。

よくあるバルサム切れの例。レンズの周囲が剥がれている。
バルサム切れの例。この例では全体が若干白濁し、周囲には細かい気泡状に出ている。

■バルサムの白濁 (発生度★☆☆ 回復率★★☆)
レンズを組み付けられた状態でみると、表面の曇りと判断しにくいため、中古カメラ屋でもきちんと記載されておらず「くもり」とだけ書いてある場合があります。くもりくらいなら拭けば取れるのであまり気にしませんが、いざ分解してみると貼り合わせレンズのバルサムが白濁しているのを発見する、というトラップのような症状です。
 これも前述の「バルサム切れ」の一種なので、剥離して貼り直すことで修復可能です。ただ、完全に戻すには設備が必要となります。わたしは何度かやっていますが自分で修復するにはリスクが大きい修理といえます。
よく観察して、バルサム切れしていないレンズを買うべきでしょう。

バルサム白濁の例。
上の白濁したレンズで撮影。かなりモヤがかっている。
張り合わせてあるレンズを剥がし、再度接着する。剥がすのがなかなか大変なので修理業者でも断るところが多いとか。
バルサムを剥離して、再度接着するととてもクリアな画像になった。

■謎の水滴 (発生度★☆☆ 回復率★☆☆)
特定のレンズに発生する謎の現象。
私が所有しているものでは、Minolta M-Rokkor 1:2.8 f=28に発生しました。
レンズのうちカシメられた1群の内部に水滴のようなものができる現象。
カシメてあるので、内部に水滴が入ることはなさそうだが、なぜか水滴のようなものが。
おそらく経年で内部の接着剤等が気化してレンズに付着したのではないかと思いますが、はっきりした原因は不明。カシメを外すか、穴を開けて洗浄することで回復できるが、一度破壊するため完全に元に戻ることはない。

表面に水滴があるように見えるが、レンズ1群のカシメられた部分の内部にある。

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花井雄也
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