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「未払い残業代を払ってもらいました!」の日米比較

1 未払い残業代をなくすためのアプローチ

 超過勤務を行ったにもかかわらず、会社が契約上/法律上支払うべき残業代を支払わないことは、よくある話です。

 各国のルールは微妙に違えど、労働者保護のために超過勤務させたらなら残業代を支払うべきというルールは、多くの国に存在します。また、未払い残業代を政府が取り締まるのも同じです。

 ただし、「未払い残業代をなくそう」という各国政府の目標は同じでも、その実現のための政府当局から労働者へのアプローチ方法は、だいぶ違います。

2 権利救済された労働者にフォーカスをあてる(米国)

 米国では、 Department of Labor のWage and Hour Divisionが未払い残業代の指導・是正にあたっています。

 Wage and Hour Divisionの権利啓発活動で特徴的なのは、残業代請求を行った労働者と、その支払いを怠った会社の双方が実名で登場し、支払いを命じた具体的金額についても公表される点です。

$100K in Damages for Josue                    Josue, an employee who worked for two Massachusetts construction contractors, was within his rights when he complained to his supervisor about not receiving required overtime pay and requested the wages he was due. But the two companies responded with a campaign of retaliation, pressuring him to withdraw his overtime complaint. They convinced other individuals to threaten Josue’s family, and told other employees they might lose their jobs because he complained about wage and hour violations.           Our investigators found that the contractors’ actions violated the anti-retaliation provisions of the Fair Labor Standards Act and the Labor Department went to court, and ultimately secured a judgment permanently enjoining JKA Construction Inc. of Watertown and Mendes Candido Framers Corp. of Hudson from retaliating against employees. Josue received a total of $100,000 in punitive damages.
Protecting Essential Workers’ Rights: Four Stories
マサチューセッツ州の2つの建設請負会社で働いていた従業員のJosueは、必要な残業代が支払われていないことを上司に訴え、本来支払われるべき賃金を要求しました。しかし、2社は報復キャンペーンを展開し、残業代請求を取り下げるように圧力をかけました。また、Josueの家族を脅すように他の人を説得したり、Josueが賃金・労働時間の違反を訴えたために職を失うかもしれないと他の従業員に伝えたりしました。             労働省は、これらの行為が公正労働基準法の報復防止規定に違反しているものと認め、裁判所に提訴し、最終的にWatertown のJKA Construction Inc.とHudsonのMendes Candido Framers Corp.に対して、従業員への報復行為を永久的に禁じる判決を下しました。Josueは懲罰的損害賠償として合計10万ドルを受け取りました。

このケースは労働省が会社を提訴しているケースですので、懲罰的損害賠償の金額含め公表されるのは、それなりに理解できます。ただ、労働省HPには、提訴前に和解した事案についてもかなり詳細に記載されており、実際に支払われた金額まで掲載されています。

労働省としては、労働者に対しては権利行使&労働省への相談を促しつつ、会社に対しては「違反するとこんなことになるぞ」と牽制することで、Fair Labor Standards Actが定める割増賃金支払いルールが順守されるよう政策誘導しています。

3 個別事案について(あまり)公表しない(日本)

ところが、日本の労働基準法の遵守を求める労働基準監督署は、実名や会社名を指摘しつつ取り締まりの成果をPRすることは、ほとんどありません。

たとえば、最近報道された下記ニュースについて、是正勧告を行った伊丹労働基準監督署も、同監督署を所管する兵庫労働局も、オフィシャルなコメントを出していません。(筆者調べ。2021/11/6現在)

「エスコヤマ」残業100時間超…労基署2度是正勧告 数十人に超過分残業代も払わず | MBS 関西のニュース https://www.mbs.jp/news/kansainews/20211104/GE00040887.shtml

是正勧告して直してもらえばよく、公表する政策的必要性を感じない、という姿勢ともいえそうです。※

4 報道/インターネットが果たす役割とその限界

報道/インターネットが発達した現代では、取締当局が公表しなくても、上記3の事例のように報道されるなどして情報が周知拡散されることがあり、このことが、労働法違反行為に対する社会的牽制としての機能を果たしています。

しかし、報道されたり、インターネットで話題になるのはごく一部の大企業/有名企業にとどまります。転職口コミサイトもあるにはありますが、日本の会社の多くを占める中小企業における割増賃金未払いは、報道もされず、話題にも上らないまま日々消えていっていることでしょう。

中小企業における割増賃金を促しという意味では、米国方式のように、当局自身が取締事例を公表することに意義があるのかもしれません。


※公表については行政法上難しい論点はあるのですが、実際は、ある種の「役所的慣習」により公表していないだけで、現場職員レベルでは「公表すべきだ」という意見はあるのだろうな、と思っています。

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