年下君が泊まって帰った日の夜、初対面の男の人と飲んだ(後編)
さんざん飲んで食べてYouTube観て騒いで寝落ちした年下たち。
家主の私はというと、正直お客様より熟睡できない性質なので、誰よりも早く目覚めてしまった。
彼らを起こさないようにそっと起きて洗い物を済ませ、どうやら結構起きなさそうなことがわかったので洗濯機も回して、一人家のことを進める。
ベランダで洗濯物を干していたら、窓を開けていたせいかさすがに年下女子ちゃんが起きてきたので、干し終えたタイミングで「私お風呂行ってくるね」と声をかけてシャワーを浴びに行った。
部屋に戻ると入れ替わりで年下女子ちゃんをシャワーに送り出し、ドライヤーをかけ始めたところその音でようやく年下君が目を覚ます。
寝癖でツンツンになった頭髪に完全に「家用」のメガネ、焦点の定まらない目でどこかを見つめている年下君、無防備すぎて愛おしい。
「眠れた?」と聞くと、
「休日は14時間は寝ないと無理なんで、眠いっすね」とあくびをしながら返された。
大学生みたいな寝方するな…
年下君っぽすぎるな…
としみじみしながら髪を乾かし続ける。
…そういえば、もう年下君に完全にスッピン見られても何も思わなくなったし、年下君はもっと何も思ってないんだろうなあ。
何となくテレビをつけてエンタメメインの情報番組を垂れ流しながら、休日の昼時を実感する。
年下君は午後から用事があるらしく、
「ぼくあと1時間ぐらいしたら出ますね」
とご丁寧に出発時間を教えてくれたが、なんとまだ布団から出ていない。
私と年下女子ちゃんで思わず
「何時にどこの駅?」「乗り換えあるよ」「何分の電車乗らないと間に合わないよ」
と矢継ぎ早に浴びせると、
「それぐらい僕だって調べてますぅ」
と答えながら布団に潜り込んでしまう年下君。
なんだろう、いくらなんでも末っ子気質すぎる。
「さすがに起きるかあ…」
と全身で伸びをしながらゆっっっっくりと起き上がり、個人的に買ってきたメロンパンをおもむろに食べ始め、私が淹れてあげたあたたかいお茶をすすり、ぼんやりテレビを眺めている年下君。
「…え、もう出ないと間に合わなくない?」
と気にかけるも、
「まだいける」
と決してマイペースを崩さない。
もそもそとパンを食べ続ける年下君を見ていたらお腹が空いてきたので、
「年下君が帰ったらなんかおいしいもの食べに行こう」
と年下女子ちゃんに話しかけると
「いいね!」
と乗ってくれて、それを見た年下君は
「ずるい〜〜!」
と恨めしそうにしながらようやくパンを平らげた。
「じゃあ、本当に行きます」
とついに出発を決めた年下君。
駅まで送るには寒かったので、横着して「ここでいいよね」と玄関で見送る女性陣。
「気をつけてね〜」と送り出した直後、洗面所に行ったらメガネとコンタクトレンズのケースが広げてあり、さっそく年下君が忘れ物をしたことに気付く。
「目悪いのにメガネとコンタクト置いていくかね…」
と呆れながら電話をかけると、
「うわ最悪、普通に忘れた!」
と悔しそうな年下君の声が響く。
急いでマンションの下に降りて一式手渡して「はい行ってらっしゃい」
と送り出すと、
「行ってきます〜」
と力なく答えて今度こそ年下君が我が家を後にした。
彼が帰った後は、年下女子ちゃんとゆっくり身支度。
その夜、知り合いに紹介された見知らぬ男性と二人で飲む約束をしていたのだった。
一応「デート」なので、年下女子ちゃんに指南されながら、いつもより入念に自らにヘアメイクを施す。
正直全然期待していなかったのだが、年下女子ちゃんは
「デートいいなあ、こうやってオシャレして出かけるの大事だよね」
「休日に釜石さんとデートできるなんて、その人はラッキーだね」
とめちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれる。
おかげでちょっとテンションも上がってきた。
楽しくなってきてしまったので、見知らぬ男性とデートの前に女二人でご飯を食べ、「年下君は私に甘えすぎ」話でひとしきり盛り上がってそれでも話し足りないのでカフェに移動してまた話して、さすがにデートに間に合わなさそうなので泣く泣く解散する…
という、ただの仲良しのおしゃべりタイムも満喫した。
さて、ようやくデートの時間になった。
ちなみに、年下君には本件は一ミリも伝えてない。
普通に年下君に知られたくないのと、年下君もどうせ私のデート事情に興味がないのと、年下君を思いながら寂しさ余って出かける自分の浅ましさに嫌気がさしたりと、思いは色々だ。
待ち合わせ場所は、見知らぬ男性の得意なエリアらしいが普段私があまり立ち寄らない一帯の、カジュアルなバーだった。
カウンターにその人と思われる男性が座っており、声をかけたら本人だったので、軽く挨拶してさっそくお酒を頼んで乾杯した。
「年下君以外の男性とご飯を食べることすら、久しぶりだなあ…」
としょうもないことを考えながら、見知らぬ男性と横並びになる。
初対面でカウンター席になると距離が近いし横顔がメインになるし、なんだか勝手がわからず緊張してしまう。
とりあえずちゃんと顔を見ようと目を合わせた途端、
「ああああこれは…」
と、思った。
正直好みのタイプではないのだけれど、妙な陰と色気があって、油断すると取り込まれるかもしれないな…と直感した。
とりあえず、遊び慣れてはいそう。
身綺麗だし、しゃべりも決してうまいほうではないけれど相槌が優しいので話しやすいっちゃ話しやすいし、よく笑うけどうるさくない。
加えて、肌がすごく綺麗だった。
聞けば年齢は私の一つ上らしい。
年齢なりのシワはあれどもシミやくすみが全然なくて、
「それにしても肌、綺麗だなあ」
ばかり考えながら、その人の話を聞いていた。
普段年下君と何も考えず思いつくままにしゃべりまくっているので、こういうゆっくりした会話は久しぶりだった。
ただ、向こうからのボディタッチやタメ口が徐々に増えてきた気がしたので、一応警戒して「媚びが一切ないサバサバ系女性」のスイッチを入れてみる。
相手の話に迎合することなく、「それ絶対嘘でしょ」「無いわ〜」みたいにバッサバッサ切って笑い飛ばしていくイメージだ。
わずかに残っていたかもしれない可愛気を封印して、「私は楽しくお酒を飲んで会話しに来ただけですよ」というスタイルを貫く。
肩の力が抜けたせいかお互い笑う回数も増え、話はかなり弾んだように思う。
向こうもだいぶ気を許してくれている感じがした。
そうこうしているうちに、バーが混雑してきてお会計の時間になったが、思ったより時間は深くない。
話は弾んだものの、さすがに私が可愛くなさすぎたのでもう見放されたかな…
と思って外に出たら、見知らぬ男性は
「はい」
と言いながら私に手を差し出してくる。
「え?」
と不思議に思いながら手を伸ばしたら、
瞬く間に手を繋がれてしまった。
ああ。
やっぱり。
最初に感じた直感は当たっていたのだ。
この人絶対慣れてるな、と思いながらも男性と手を繋ぐのが久々だったのでちょっとだけ喜んでしまったのが、私の落ち度。
せめて何か会話しなければと思い、
「こういうの誰にでもするんでしょ」
と言ってみたら
「誰にでもじゃない」
と笑っていたが、
それはつまりいけそうな女性を選んでいるということだろうと自己完結させた。
相手のペースになってはいけないので、ちょっと強がって
「まだ飲み足りないなあ〜」
と言ってみたら、見知らぬ男性は
「いい店あるから連れて行くよ」
と私の手を引いてどんどん夜の街を歩いていく。
そして
「隠れ家的な店なんだけど」
と言いながら連れてこられたのが、アパートの一室だった。
「…家じゃん」
そう、そこは思いっきり見知らぬ男性の家だった。
男性は無理強いするわけでもなく「どうぞー」と普通に先に入って行き、私は「参ったなあ…」と思いつつ「最悪危ない目に遭ったら飛び出そう」と考えながら結局お邪魔した。
結論、怖い目には、遭わなかった。
(私が怖いと思わなかったので)
ただし、予期せずだいぶ流されてしまった。
そしてそれが嫌ではなかったし、何ならちょっと嬉しく思える瞬間も割とあった。
自分が自分で思う以上に「女」であることも再認識した。
男性は「また会えればぜひ」と、次は私の最寄りまで行くからとも言ってくれた。
でも深入りしたら多分、危ない。
これは恋愛ではない別のやつだ。
年下君にまったく相手にされないので何か楽しいことがあれば、と思っていたけれど。
久々女性扱いされてちょっと嬉しかったのも事実だけれど。
あんまり、綺麗じゃなかった。
私の身の丈に合っている、ということならばしんどい。
「こんなもんかあ」と思う一方で、しっかり気落ちしてもいる。
見知らぬ男性の顔は少し忘れはじめているが、一連の出来事を思い返すと赤面してしまうぐらいには、インパクトのある出会いだった。
年下君には絶対言えない。
いや、このまま邪険にされ続けたら、酔った勢いで「私だってなあ!」と暴露してしまう恐れはある。
十分にある。
私、下手です。
男性関係が。
本当に。
下手なんです。