キャンプ今昔1
日記より28-12「キャンプ今昔」1 H夕闇
十一月五日(火曜日)曇り
この度(たび)の三連休は今月二日(土曜日)から始まったが、初日は終日の雨。
むすこは仕事が残り、三日間の内の一日は出勤しなければ成(な)らない、と先日(ノー残業デイの帰りに立ち寄った時)言っていた。どうせ出掛(でか)けられない雨降りの休日に、きっと仕事を片付けただろう。
所(ところ)が、晴れが期待された二日目は、夜来の風。朝方ひどく冷えた。然(しか)も午前中はPM2.5飛来の予報。
むすこの末の娘が夏に気仙沼へ行ったのを気に入って、「またキャンプに行きたい。」と近頃ねだるそうだ。向後ドンドン冬へ向かい、これが最後になるかも知(し)れないから、伜(せがれ)も実現したい意向だ。親子共その積(つ)もりなら、僕も参加し(微力ながら、)協力せねば成るまい。そう覚悟を決めた矢先に、未明からの冷たい凩(こがらし)である。この分では無理(むり)だろう、と踏んでユックリ構えていたら、昼前に電話連絡。決行すると。
キャンプ帰りに温泉へでも、ということになれば、是非バーバに参加要請したい所(ところ)だ。と言うのも、もう孫娘は学齢で、パパと一緒(いっしょ)に男湯、という訳には最早(もはや)いかない。かと言って、年端(としは)の行(い)かない子が一人で女湯へ、というのも(物騒(ぶっそう)な世の中、)やや心許無(こころもとな)い。そこでバーバにも白羽(しらは)の矢(や)を立てたのだが、「こんな寒い季節にキャンプなんて、、、」と早々に御辞退。それで、キャンプ明けの入浴は実家で昼ぶろ、ということにして、ジージが寒い中(身を切る覚悟で)参加表明。親子孫の同行(どうぎょう)三人となった次第(しだい)である。
そもそも、僕らのイメージでは、キャンプは夏の季語。暑いから野外で寝泊りするのも気持ち良かろう、と腰を上げるものだ。昨今のように朝晩メッキリ冷え込む戸外で野宿するのは、無宿者(むしゅくもの)だ。
それを、去年むすこは雪中キャンプまで敢然(かんぜん)やって退(の)けた。「蚊(か)が居(い)なくて良い。石油ストーブを炊(た)けば、湯も沸(わ)かせる。」と言う。どうやら僕の世代とはキャンプの概念が違って来たようだ。何をか言わんや。
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いつも行くダム湖畔のキャンプ場を当てにし、(近場だから、高(たか)を括(くく)って、)ユックリ実家の昼を食べたのだったが、豈(あ)に図(はか)らんや、いざ現場へ行って見ると、「冬季閉鎖中」の看板。(季語が現代にも生きていた。)むすこは急遽(きゅうきょ)あちこちスマホで調べ、問い合わせに大童(おおわらわ)。結局きょうのきょうテントを張れるのは(最も近くて)岩出山(いわでやま)だった。
そこは、僕ら夫婦には、遠路はるばる紅葉を見に鳴子(なるこ)へ出掛けるチョッと手前の駅だ。果たして本日中に(行き着くだけでなく、)テントを張り、火を熾(お)こして、夕飯が口に入るだろうか、といった遠距離である。内心で朝晩の寒さに怯(おび)えている僕は(この想定外の事態に便乗して)中止を提案したい文脈だけれども、(孫の手前、主導権は伜に譲って、)グッと沈黙した。
さて、リーダーは頑固(がんこ)だった。敢(あ)えて野を越え山こえ、車を走らせた。そして(案外)日の有る内に夕食に有り付けた。むすこは「鉄道では遠回りになるが、自動車なら(ナビを使って)目的地へ最短距離で行けるから。」と、免許を持たぬ公共交通機関派の僕を遣(や)り込(こ)める。
バンガローに泊まる家族連れの為(ため)に、そこには子供向けの遊具も有って、元気な孫が到着早々ターザン・ロープに取り付いた。そして、ロープの下端にブラ下がると、尻(しり)が地に着くので、上の方へ押し上げて呉(く)れるよう僕に求める。むすこが受け付けの手続きに手間(てま)取る間、それを幾(いく)度も(飽(あ)きずに)繰(く)り返(かえ)す。この季節にキャンプしようなんて親子だから、体力が有り余っているらしい。それに付き合う僕の心中など、一顧(いっこ)だにされない具合いだ。やれやれ。
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つるべ落としの日が残る内に、事を急ぐ必要が有った。普段なら孫が面白(おもしろ)半分に手伝いたがる三角テントも、今回は伜一人で建てた。テキパキと慣れた手並(てな)みだ。僕らの時代の(ポールを何本も組み合わせて立ち上げた)蒲鉾(かまぼこ)型とは違い、テントその物も簡単(かんたん)に仕上がるよう構造設計が工夫(くふう)されている。そういった最新式の仕様に不慣れな僕は、手を出さず、車のトランクから荷物を運び出す程度。後は孫の相手。
娘の執拗(しつよう)なハンモックの要望に、父は根負けして、樹間にロープを架(か)けた。又は、それにでも乗せておかないと、却(かえ)って邪魔(じゃま)になるからかも知れない。
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夕飯は急ぎ簡単(かんたん)メニューで、レトルトご飯(はん)にカレー。見ていると、伜は防火マットの上にコの字型の金属棒を組み合わせて立て、中央部の凹(へこ)んだ金属皿を下に載(の)せて、その上で火を炊(た)く。そこへ飯盒(はんごう)を吊(つ)るして、湯を沸(わ)かし、その中でレトルト・パックを温めた。これ即(すなわ)ち現代風の竃(かまど)である。
時間が有れば、(むすこは小型のガス・ボンベ式バーナーも持っていて、)フライパンやら何やら駆使、かなり高度な料理を物(もの)する。便利になったものだ。その昔、大き目の石を集めて、原始時代も宛(さなが)らの竃を組んで、、、なんてモサモサやっていた野外炊飯とは、雲泥(うんでい)の差(さ)が有る。リュック・サックで荷物を運んだ世代とは違い、自家用車に積み込めるから、便利なアウト・ドア用品が嵩(かさ)張(ば)っても、今は平気なのだ。
が、ここで又もやトラブル発生。薪(まき)が不足なのだ。途中で食材を買いに立ち寄ったスーパーに売ってなくて、焚(た)き木(ぎ)を買い足せなかったのである。手持ちの分で何とか間に合わせようとしたが、ライス・カレー三人前だけなら未(ま)だしも、酒の摘(つま)みのベーコンやソーセージを焼くには、やはり不安が残る。翌朝コーヒーも飲みたい。それで、もう薄暗い中、むすこが車で買い出しに出た。不案内な土地で手に入れられるか、甚(はなは)だ危(あやう)い気がした。
孫を預かった僕は、夕飯を食べさせるべく、火から飯盒を下ろし、熱湯の中のパックを取り出して、アルマイト皿へ移し、、、と孫用の一食を支度(したく)している内に、燃料をケチった炊き火が殆(ほとん)ど消えてしまった。一つに集中すると、二つの作業を同時並行で目配(めくば)りするのが、僕は苦手(にがて)なのだ。
今度は火熾(ひお)こしに取(と)り掛(か)かるが、何せ(薪の販売店を見付けられない場合いも考慮して)燃料節約の折り柄、中々(なかなか)火が着かない。お負けに、見様(みよう)見(み)真似(まね)で新式の火熾こしだから、要領を得ない。
薪が手に入ったとの伜の電話連絡が入ってから、安心してドンドンくべ、漸(ようや)く盛大に着火できた。けれども、その間の僕の悪戦苦闘の様(さま)を(カレーを食べ乍(なが)ら)横目で観察していた孫娘が、父親のスマホへ訴えた、「ジージに火の着け方を教えて。」と。
かの女(じょ)の幼い目に、祖父の姿は何とも頼り無く映ったらしい。頼りになる父親に嘗(かつ)てキャンプを手解(てほど)きしたのは、この僕なのに、、、、、尤(もっと)も、テントや食卓セットや火おこし道具など次ぎ次ぎに新工夫と便利なアウト・ドア用品が現れて、旧式キャンパーの僕に珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)なのは確かに事実であるが、、、、、
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(日記より、続く)
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