日記より25-27「ウクライナ侵攻」

     日記より25-27「ウクライナ侵攻」       H夕闇
                三月十一日(金曜日)薄曇り
 厚手のコートをウインド・ブレイカーに換えて、N公園まで歩いた。運動器具を使う前からウッスラ汗ばんで、先週の永い寒気は去ったようだ。池の端のベンチで本を開いていても、もう苦にならない。
 と、隣接のサッカー場から、二時四十六分に黙祷(もくとう)を呼び掛(か)ける、と拡声器が予告した。僕は帰途に就(つ)き、N川を広く見下ろす堤に差(さ)し掛かった頃、近所のZ寺で鐘が鳴った。散歩中の人たちが立ち止まって、一分間佇(たたず)んだ。
 年末から何度も雪掻(か)きをして積み上げた雪の山が、一時は洗面所の窓まで届いたのに、かまくらにならない侭(まま)で殆(ほとん)ど融(と)けてしまった。庭の片隅には、今年も福寿草が咲いた。

 尤(もっと)も、けさは冷え込んで、土手一面の霜(しも)。ベンチで日の出を待つと、六時一分前に炎の塊りが現れた。きのう送電線の鉄塔とLマンションとの中間地点に紅の頭を出したのは、六時ちょうどだった。見た目では、太陽の横幅は、鉄塔とマンションの隙間(すきま)の三分の一程。三日間で谷を渡る勘定(かんじょう)だ。あした(曇らなければ、)鉄塔の骨組みの中を朝日が昇って行く光景が見られる筈(はず)だ。
 この町では既に穏やかな日常が戻った。
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 前世紀のアジアで、軍事侵攻が有った。さすがに侵略と大っぴらに宣言するのは憚(はばか)られたと見え、事前に自国民を入植させておいて、それが匪賊(ひぞく)に襲撃されるのを防ぐ邦人保護を大義とした。(ナチズムと集団虐殺(ジェノサイド)から自国民を守る、と云(い)う昨今の名分に酷似する。)その開拓民たちには隠されていたが、匪賊とは我が侵略軍が鉄砲で脅(おど)して追い出した元々の土地所有者たちだったらしい。それが騎馬の軍閥に集結して奪還に乗り出たのだった。
 それをも軍部が捩(ね)じ伏(ふ)せて満州と云(い)う傀儡(かいらい)政権を擁立し、東北部から中国本土へ食指を伸ばして十五年戦争の泥沼へ自(みずか)ら嵌(は)まり込(こ)んだ国は、どこだったか。これを自虐史観などと糾弾(きゅうだん)する人たち以外は、この国の子供でも知っているだろう。

 歴史は繰り返す、とは(マルクスよりも遥(はる)か昔)古代ローマの名言だそうだ。第二次世界大戦後の東西冷戦の中、ソ連を盟主とするワルシャワ条約機構軍がハンガリーへ、更にチェコへ侵攻し、民主化の動きを戦車で踏み潰(つぶ)した。ウクライナが今回その轍(てつ)を踏むことにならなければ良いが、、、と願ってニュースを見詰(みつ)めている。
 だが、チェチェン紛争を力で抑え込んでエリツィンに見込まれた元KGBのプーチンだ、ソビエト社会主義共和国連邦からロシヤ連邦に代わっても、ジョージア(旧グルジア)の例も有るから、油断できない。シリヤではアサド政権の片棒を担いで(イスラム国(IS)や反政府軍のみならず、非戦闘員の一般国民に対してまで)町を丸ごと殲滅(せんめつ)した。
 そのソ連軍が無様(ぶざま)に逃げ帰ったのは、アフガニスタンに於(お)いてだった。連邦崩壊が間近に迫った十年間よくぞ地元の部族が(陰で米国に援助され乍(なが)ら)持(も)ち応(こた)えたものだが、その後いけなかった。部族対立で一つに纏(まと)まれないのに乗じられ、隣国パキスタンから入って来たタリバンによって国を乗っ取られた。
 そんな時だ、九点一一アメリカ同時多発テロの首謀者ウサマ・ビンラディンがアフガニスタンへ逃げ込んだのは。元々かれの創設したアルカイダは、対ソ戦のゲリラとして米軍が育てたテロ組織だった。飼い犬に咬(か)まれたアメリカとの間で又も永い内戦が続き、それが去年の夏に漸(ようや)く終わったばかりだった。
 その際、アメリカ軍が引き上げると、それに支えられて来たガニ前政権が(国民を置き去りにして)真っ先に国外逃亡したことは、記憶に新しい。それに比して、軍事大国ロシヤを相手にウクライナを半月も保ち続けるゼレンスキー大統領が称賛されるのだろう。
 もう後へは引けなくなった露プーチン大統領は、新型爆弾を射ち込み、原発を攻撃して、核兵器さえチラつかせる。病院、保育園、役所、集合住宅、更には避難民の為(ため)の人道回廊、反ロ的な市長の身柄、、、と標的を厭(いと)わない。それで居(い)て、国際連合で露ラブロフ外相が行った演説、「ロシヤ軍はウクライナを攻撃していない」とは畏(おそ)れ入った。一世紀前に国際連盟の席を蹴(け)った我が松岡代表を髣髴(ほうふつ)させる。
 やっとアフガンの泥沼から抜け出したばかりの米バイデン大統領は、早々に参戦を否定。NATO諸国も核大国とは直接衝突(しょうとつ)したくない。それが世界市民(コスモ・ポリタン)の常識だろうが、敵の良識に付け込んで気違いじみた暴挙に出る独裁者は、正(まさ)しく狂気か、それとも戦略的な演技か。(北の隣国にも似た姿が有る。)
 いずれウクライナは今後も(欧米からの援軍が無い侭(まま))孤軍奮闘するのだろうか。こんな戦争犯罪が目の前で行われるのを黙って見ているしか無い歯痒(はがゆ)さを、僕は(世界と共に)禁じ得ない。
 約二百五十万人のウクライナ人が国外へ避難したと言う。東欧諸国が(ボランティア活動も含めて)温かく受け入れ、その映像がテレビ画面に流れる。それは美しい光景だ。
 只、ウクライナ侵攻の報道の有り方に関して、僕は二つ懸念が有る。(ロシヤ国営テレビは論外。)
           (日記より、続く)
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父母が頭(かしら)掻(か)き撫(な)で幸(さ)くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
葦(あし)垣(かき)の隈処(くまと)に立ちて我妹子(わぎもこ)が袖(そで)もしほほに泣きしそ思(も)はゆ
韓(から)衣(ころも)裾(すそ)に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母(おも)無(な)しにして 

   (万葉集/防人(さきもり)の歌より)

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