財布3

     日記より27-21「財布」3         H夕闇
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             三月二十四日(日曜日)晴れ
 一族でA温泉へ梅見に出掛(でか)けた。
 長女の桜好きと一対で、婿(むこ)殿は梅が好きらしい。前から誘われていたのだが、天気が悪くて、二度も延期。三度目の本日、偶々(たまたま)むすこ父子が我が家に一泊していて、車二台で三世帯七人の一行と相(あい)なった。幼稚園を卒業したばかりの孫と、いとこで離乳食中の乳児、この二人は入場無料だったが、T自然公園の入場料も中々(なかなか)に嵩(かさ)んだ。

 以前、ここの河原へ、クラスの生徒と芋(いも)煮会(にかい)の遠足に来たことが有る。
 班毎(ごと)に石で竃(かまど)を作り、味と手際の良さを競い、景品も出した。手間(てま)暇(ひま)が掛(か)かるが、この提案へ真っ先に賛同してくれたのは、いつも反抗的な子だった。
 薪(たきぎ)の支度(したく)が出来たグループから、担任は新聞紙に一回だけライターで点火してやる。後は出来上がった豚汁を一杯ずつ味見して(副担任は無論、バス・ガイドと運転手も)審査し採点するのみで、手は貸さない。食べられる物が出来なければ、帰宅まで腹ペコ、というルールだ。
 最寄(もよ)りのスーパーSで途中下車した買い出し係り、鍋(なべ)に湯を沸(わ)かして待つ竃係り、食材を受け取って調理する係り、スーパーとの事前連絡や班員から経費を集金し報告もする会計係り、、、しょうゆ味、みそ味、中には両方二鍋を作る離(はな)れ業(わざ)を断乎(だんこ)やって退(の)けた班も有る。
 勉強の出来ない者が、野外炊飯やキャンプの経験が有ったりすると、グループ内で俄然(がぜん)リーダー・シップを執(と)ったりする。おかあさんの手伝いを普段している乙名(おとな)しい女子生徒が、男の子を顎(あご)で使ったりもする。使われる方も、不良少年がイソイソ立ち働いたりして、意外だった。そうかと思うと、小まめな計画書や会計報告を提出した子は、いつも律儀(りちぎ)な生活ぶりで、キチンとした文字にも見事(みごと)に性格が表れていた。そんな河原の風景を眺(なが)めて、担任は終始のんきにニヤニヤしていた。
 あの子たちは今頃どこで又どんな風(ふう)に生きているのだろう。

 きょう家族で入ったのは、道を挟(はさ)んで反対側の日本庭園だった。
 紅白の梅園の前に、池を回ると、東屋(あずまや)が有って一休み。バーバ持参の苺(いちご)は、大きい孫の好物である。小さい孫も、上下に四本ずつ小さな歯が生えて、小粒なら、苺を丸ごと一つ口に入れ、アムアム出来た。鹿(しし)威(おど)しの風流は未だ解さず、くぐもった音に驚いてムズかったけれど、件(くだん)のSドラッグで買った果汁を紙パックからストローで吸えた。
 ここは温泉郷だけあって、足湯の施設も有る。男女に別れねば成(な)らぬ入浴と違って、皆が一堂に会せる。混浴さながら、細長い湯舟を一族で囲む。近くから水(すい)琴窟(きんくつ)の音が聞こえるが、やはりマイクで拾わぬ限り(賑やかで)聞こえないだろう。一番のチビも愉快(ゆかい)な雰囲気(ふんいき)が分かるのか、母親(長女)の膝(ひざ)からバシャバシャとバタ足して楽しむ。案内役の婿殿は、湯上りの足ふきタオルまで用意していた。
 うば車と云(い)っても、もう子供世代でさえピンと来ないそうだが、ベビー・カーは専(もっぱ)ら鞄(かばん)運搬用となり、その主人公は代わる代わる皆にダッコされて、池や梅の庭園を周遊。いとこにも危なっかしく抱かれて、お互いに満足の様子だ。いとこ同士の名場面とて、乙名(おとな)たちはスマホを向けてカシャカシャ。満悦して時を忘れ、昼食の予約時刻を思い出してから大童(おおわらわ)。

 レストランBでは、皆で「卒園おめでとう!」。御本人がモジモジして歌も御挨拶(あいさつ)も出ない隙(すき)に、娘が「おじい・おばあも、結婚記念日おめでとう!」。
 言われて、はたと気が付いた。もう遠い昔のことだから、コロッと忘れていた。思えば、夫婦(ふうふ)喧嘩(げんか)しいしい、よくも(まあ)今日まで保(も)ったものだ、と両人共ここは意見が一致。
 あれが、この一族の始まりだったか。やや感慨が有った。沢山(たくさん)の顔を見回して、(月並み乍(なが)ら、)多分これが幸せとか云(い)う物なのだろう。
 近く末娘の所へ夫婦で赴(おもむ)く。幼少の砌(みぎり)に小さな財布から「おこづかい」を呉(く)れた子である。朝焼けに似た淡い色使いで「おえかき」する少女だったが、今は異郷で一体(いったい)どんな暮らしをしているのだろう。見てみたい。旅の予約は早々に済ませた。
 この子が秘書を務めるS先生が以前一度だけ来訪した際に紹介した庭の福寿草、A温泉T自然公園にも咲いていたが、我が家でも今年は三輪目が開こうとしている。         
(日記より)
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(付録)  「林で書いた詩」(部分)  伊藤整
何時か皆人が忘れたころ私は故郷へ帰り
閑古鳥のよく聞える
落葉松の林のはずれに家を建てよう。
草藪に蔽われて 見えなくなるような家を。
そして李が白く咲き崩れる村道を歩いて
思い出を拾い集め
それを古風な更紗のようにつぎ合わせて
一つの物語りにしよう。
すべてが遅すぎるその時になったら私も落ちついて
きれぎれな色あせた物語りを書き残そう。
              (詩集「冬夜」より)

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