見出し画像

A Murder in Shinjuku ⑧ 【短編小説】 最終編

前回のチャプターです。読み逃さないでください。

27.
部屋を去って外に走り出した。周りの人の顔を見ないように走って走って、どの方向に行っているかよく分からなくても、必ずあの部屋から遠ざかりたかった。疲れて、息をつくために立ち止まった。ずっと走るのは無理だ。でも、もっと離れたい。もっともっと遠くへ。偶然、目先に駅があった。

電車に乗ってからも、方向を分かっていることもなかった。その『逃げるんだ』という指令のまま行動を取った。

車内が狭苦しくて閉所恐怖症が発症すると思うぐらいになったから、次の駅で降りて静かな場所を探し回った。人が避けている細い道を曲がって、そこら辺の地面にしゃがんだ。何をしても虚しいではないかと思ったけど、同時に誰かから救われる可能性はあると信じていた。

数時間、頭が空っぽであまり考えなく、ただ歩き回り、座る場所を見つけて、また立ち上がり、ほかの空いているところへ移動した。それを繰り返していたら、暗くなってきた。夜になって、寝る場所がないと気付いたら、またパニックになった。

部屋から脱出したときに、奇跡的なことに、バッグを持っていった。他に手がないと思って、携帯を出してメッセージを打った。

ー許してくれる?

返事はすぐ。

ー今すぐ、家に来たら許すよ。

ーうん。お家で会いたかったんだ。

魁仁は最寄駅から迎えに来た。魁仁は私の顔色をちゃんと覗わなかったか、私の様子を聞かない。何も話さなくて、目的地を目指して足を動かす。ショックはまだ残っていた筈だ。髪が引っ張られたはげの部分もあった。それに気付かなかった魁仁は手を引っ張り、アパートまで走り競争みたいなスピードで私を連れた。

部屋の中、どうなったか、言わなくても分かると思う。


それは私のファーストタイムだった。全然、気持ちよくもなかった。じっと仰向けでいたら、動きは全部相手に任せた。

ちょっと痛かった。

部屋が寒くて嫌だった。

いつまで続けるのか、と思って、長過ぎると感じた。

小川さんのことを思い出した。

彼は、今、どこで何やってるんだろうか。

小川さんはカノジョとセックスするのが好きだったのだろうか。

もうカノジョとはセックスできないね。

カノジョは死んだ。

私が殺した。

ごめんなさい。


28.
それで、魁仁のアパートが私の隠れ家になった。隠れ家というか、これは人屋かもしれない。 魁仁のペットになった感じがしてきた。餌をあげてくれて、雑居している。たまに、可愛がってくれる。こっちの方は、面倒はいらないと思ったけど、その時は精神的に機能不全で、断る力さえ失くした。

数日間、魁仁は知らずに無法者を収容していた。警察は今頃、カノジョの死体を発見したのか。考えてみたら、そうでもないかも。私の部屋を頻繁に訪ねる人はいないし、誰もそこを覗くことはないだろう。カノジョは確かに仕事をしていた。もし、職場の店長がカノジョが来なくて困っているかも。そういえば、その前に小川がカノジョが行方不明だと気付く筈だ。彼が警察を呼んで、捜索が始まるかも。それにしても、私の部屋まで捜索するか。

でも、これについてほとんど考えてはいなかった。大体、ぼんやりしていた。頭が働かない、なにかを思いついたらすぐ消える。思考が遅くて、もやもやしていた。魂が萎えていくような気持ちだった。

一日中、魁仁はバイト先で、私は部屋で一人テレビをみる習慣を作った。ニュースを常に見ていたけど、カノジョが行方不明とか、アパートビルで死体が発見したとか、そういう話題は中継していなかった。じゃあ、まだ警察は発見していないという意味か。

一息、安心したけど、自分が犯した事件がもっと話題にならなくて、ちょっとは残念だった。人殺しして、誰にも褒められるとは思わないけど、ちょっとだけ犯罪者として悪名になれたらいいかも、そんなことを考えた。

二度目の夜、魁仁の誘いをすぐ断った。頭が痛いと言い訳を作ったけど、それは嘘だといえる程でもなかった。考えすぎて頭がくらくらしていたのだ。あのトラウマのことについて誰かと打ち明けたら、ちょっとはすっきりすると思ったけど、魁仁は性的な関係以外になにも関心持っていなかった。というか、私は罪を犯したことを教えたら、警察を呼ばれて、牢屋に連れられるんじゃないか。何も言わない方が利口だと思った。

一晩休んだから、三日目はまた断れないと思ってたけど、その夜は魁仁の気分が落ちていて、責めてこなかった。代わりに、話を聞いて欲しいと言ってきた。

そして、魁仁の口から津波の量の愚痴が流れてきた。マシンガントークで次々と残念な気持ちや悩み事を吐き出してきた。

「全てが可笑しい。世界がおかしい。いや、自分が可笑しいんだ…」

など。

「女性とセックスしたら、全部がガラっと変わると思ってた。でも、結局、何も変わらなかった。いつものような、悲しさがつづいていく…」

なにもかも分からないことを言い続けた。

「俺は男じゃねぇんだ。男だったら何かを感じる。俺はなにも感じてない。セックスのあとも、胸は中空のままだ。もう、これだったら死んでいると同じだ…」

「昔、オンラインの知り合いで、一人で死にたくないっていう奴がいたんだ。あいつは、ネットを通して、死にたい人を探しまわり、一緒に自殺しようと説得させたんだ。無理心中というもの。そして、こいつは準備したけど、結局、警察が呼ばれて逮捕されたんだ」

魁仁が話している間、幻覚が発症してきた。私は言葉の意味が理解できないようになった。代わりに、相手の口から出てくる音が、形を取って空中に浮かんで、部屋中をゆらゆら飛び回り、最後に私の太ももに落ちてきた。トランスということか。私はもう魁仁と一緒の世界にはいなかった。
ゴーグルの目がこっちの方向を向いた。

なに?

「行こう」

どこへ?

「美しい場所だよ」 


29.
日本では、夜中でもずっと列車は走っている。通勤電車は深夜になると止まるけど、終電と始発の間には貨物列車が線路に通っている。だから、線路はいつも混んでいるんだ。

これは、鉄ヲタなら知っていることだ。

午前の二時ぐらいの散歩。魁仁がリードして、シャッター街を手を繋いで歩いた。私は三日間に四時間眠れたかどうかで、別世界にいた。魁仁はもともとあまり眠らないタイプで、朝早くまで起きているのは当たり前みたい。

その年、突然夏が押し寄せてきた。いつの間にか三〇度に上がった。真夜も外は蒸し暑い、トロピカルナイト。カノジョを殺した日も暑かった。カノジョが目の前に立っていたとき、汗をかいていた。暑かったから、殺せたのか。私は温度が高いと苛立つ癖があるんだ。犯罪者は私ではなく、夏の季節だ。

線路沿いを歩いていると、ペースはゆっくりした。遠くから列車の音が響いていた。魁仁はしょっちゅう時間を確認していた。そう言えば、外の空気を吸うのは凄く久しぶりだった。三日間、魁仁の部屋から一歩も出なくて、じっとしていたから、足を伸ばすのが気持ちよかった。外の世界は微妙に不思議でちょっと綺麗だった。遠くにスカイラインが現れて、無数の灯かりとビルの外郭が目に留まった。

東京は夜でもうるさい。私みたいに大きい音に敏感な人には不親切だ。車やオートバイなどの機械がどんどん付近に現れてくる。魁仁の部屋は比較的静かだったから、非常に驚いた。まるで、ここは異次元だった。

電車は住宅地には遅く走るようにしているんだ。もっと先に行くとスピ―と上がるのだ。魁仁がそう授けた。

魁仁の汗ばんだ手が私のを握って、ちょっとキモイと思った。線路沿いを進んで、ある場所にアルミ製のフェンスが破けていた。破けたフェンスの部分を手で簡単にまくって、人が通れそうな穴が開いた。私が先に入れと言われて、抵抗なくしゃがんで扉を通った。フェンスの反対側に移動するのは悪いことじゃないの?と思ったけど、それは人殺しが言えるセリフではない。だから、フェンスをくぐって、二人で人事禁止な場所についた。

しばらく、線路の横を歩いて、子供の遊びみたいに進んだ。

―ここが、良いところだ

私は先に進もうとしたけど、魁仁は手を引っぱって止めた。魁仁は見かけより強い。手を引っ張られてちょっと痛かった。やはり、男性の方が運動に強いなと思った。

そして、魁仁が適当に決めた場所で二人立っていた。魁仁は手を放さない。段々と、恋人より人質だった感じがしてきた。もう、帰りたいと言いたかったけど、魁仁の表情は曇っていて、人の話を聞くとは思えない感じした。 

―今だ!

魁仁は私を引き連れて、線路の真ん中に出ていった。魁仁は私を抱きしめて、線路の上に立った。

ようやく、魁仁の目的が明確になった。遠くから列車が我らの方向に恐ろしいスピードで向かってきた。このままだと列車にひかれる。私はこの一週間ずっと白雲頭でないがなにかは分からないまま、この危険な立場に連れらたのだ。

―後ろを向くな…

腕がアナコンダのように身を締めた。息ができなかった。 抵抗してたけど、一ミリも動けない。

―大丈夫だよ。もうすぐで終わるんだ。

足が恐怖と怒りで震えていた。そうだ。キックするんだ。足を上げてつま先で魁仁の脛を蹴ろうとしたけど、パワーが入らなく、魁仁はびくっともしなかった。

列車の音がもっともっと大きくなってきた。

―愛してるから…

ひじでたたいた。腰を回した。全身で敵を倒そうとした。後ろを見たら、列車の光が遠くに見えた。遠くと言っても、列車だからすぐに近づいてくる。

これで、終わりか?

死ぬ瞬間に美しい光が見えるんだという人が言うが、私は浄土に入れてくれる訳がない。

だと言え、ここは浄土の扉ではない。この光は列車の前照灯だ。

遠くだと一つの灯かりに見えたが、段々近づいてくると、二つの灯かりだとちゃんと見える。無慈悲な列車の二目が私を覗いていた。悪魔の目だ。地獄が生み出した機械がやってきた。

ホーンが鳴った。

電車のドライバーが私達を見えたのか。見たとしても、今からブレーキかけても間に合わない。私たちはひかれてミンチ肉になる。バラバラ事件の被害者と同じに、みじん切りになる。

声を上げて叫んだ。

―心配するな、もうすぐ終わる…

魁仁は耳にそう囁く。

その時に決めた。私は生きたい。お前の命に価値がなくても、私を巻き込むな。私の人生には値がある。仕事がなくても、友達がいなくても、一人ぼっちで目途が真っ暗で、弱虫な最低な人でも、生きる値があるんだ。人生に目的があるんだ。今は説明できないけど、この命は尊いのだ。これは私の命なのだ。他人に奪われるなんて絶対嫌だ。

その一念発起でいままで知らなかった力が湧いてきた。 

全力で戦った。

魁仁はずっと力を入れて握っていたから、腕が疲れていたに違いない。体をねじて腕から抜け出した。そして、魁仁の腕を両手に取り、自分の重さで彼の身を引っ張った。

最後の数秒で二人とも線路から飛び降りて、列車が安全に通り抜けた。間一髪、スーパーヒーローのようだと自分で自分の格好良さを褒めた。

二人とも勢いで線路沿いにあった溝に転んでいった。疲れた。土の中で二分間休んでから立ち上がった。魁仁の方はまだ土の中でゴロっとして、悔しがっている子供のように泣いていた。泣いている魁仁を取り残して、私は一人で立ち上がり歩いて行った。二〇メートルまで、魁仁の泣き声がまだ響いていたが、その後は聞こえなくなった。

そして、歩いて歩いて…

方向は決めていなかったけど、夜明けになったころ駅が見えてきた。そして、奇跡的に財布がポケットの中にまだ入っていた。二万円はあるだろう。そして、カードもある。残高はいくらあるか分からないけど、電車の切符ぐらいは買えると思う。

駅についたら、お日さまが出てきて、眩しくて暑かった。

プラットホームのベンチに腰を掛けて、次の電車を待った。スーツ着ているサラリーマンやサラリーウーマンが改札口で並んでいた。ピッピッピとパスモの音が駅内に響く。

 スーツの群れは通勤だと思う。それより、自分はどこへ行くんだろう?


30.
小川博がアパートに戻ったとき、同棲していた南愛子がいなかったのが不思議だと思った。あいつはどこに行ったんだろう?電話してみても対応がない。そして、次の日とその次の日、愛子の姿はない。電話すると電源が切れていた。

最初は心配していたが、じっくり考えてみたら、愛子に捨てられんだと想像難くない。何回も「別れるからね」と脅かしていたし、今回は本気に出て行ったんだ。

別れの挨拶も言わず、メッセージでも書いてくれたらいいのに。だって、この部屋に自分の服を何枚か残したんじゃないか。そんな、冷たい別れ方は酷いけど、愛子だったらそうするかも。

小川博が深く反省してみたら、今まで頑張っていけたのは、愛子がいたからだった。一年近く付き合っていて、結婚のことも相談していたのに、こんな突然に消えていった。寂しさが我慢以上に膨らむ前に、小川は決めた。実家に帰って、しばらく親とともに住もう。次の二週間の間に、辞表を届けて、新幹線に乗り、新潟へ向かった。

実家に帰ってから、数か月後に警察官が実家に現れた。

トントン。

「はい?何ですか?」 

「小川博でしょうか?警察です。すみません、東京都で起きて事件に関して、小川さんとお話しを聞かせてもらいます。すぐ、警察庁に来てください。何も必要ないです」

 小川は警察と協力した。取調室に案内されて、捜査官にはっきり真実を話した。取り調べは何時間も長引いた。同じ質問を何度も訊かれて、段々と責められてきた。

「南愛子さんと一年も付き合っていたのに、何も言わず別れるなんて、可笑しくないと思わなかったんですか?」

「南さんが死んでから、そのすぐ後に東京を出るのは怪しくないと思わないですか?」

調査員の質問は次々と叩かれてきた。

「南さんと喧嘩して、暴力的になって、殺したんですか?」

「南さんを殺したいと思っていましたか?」

「真実を教えて下さい。あなたが犯人だともう証拠ありますから」

「この場で、嘘を吐いても、なにも小川さんに価値はないですから…」

「男らしく、さっさと殺したと言え!」

取り調べが何時間も続いて、疲労も相まって、頭がくらくらになり、何が真実で何が嘘かもう区別できないようになってきた。

本当は、何が起きたんだ?殺した記憶はないけど、殺したことを忘れただけか。そういうことはあるかもしれない。動機はあるはずだ。そんなに愛していたんだから、気が狂うだろう。そうだ。俺が殺したんだ…

「違います!」

最後に小川は勇気を出して発言した。

「真実を話しています。私は本当に誰も殺していません。そんなことしたら、私はすぐ罪を認めます。私は誠実なものです。南愛子に手を出したことは一度もないです」

小川が解放されたのは夜遅くだった。今回は家に帰れたが、警察がいつ戻ってくるか分からない。

「連絡できる場所にいてください」と告げられた。

お家にいても、じっとできなかった。ずっと興奮した状態だった。俺が殺し屋だと警察に思われている。そろそろ、噂が広がって、皆がそう信じてくるに違いない。愛子が死んでいたことさえ、知らなかったのに。なぜ、俺が疑われるんだ。俺は何も悪いことしていない。次、警察が来るときは、手錠を使って手首を締めるだろうか。裁判所に連れられて、誰も俺のことを信じらなかったら、どうなるんだ。刑務所だ。死刑なのか。ああ。首の回りに紐が巻かれる…

電話が鳴った。

「小川博さんですか?警察庁です。この間、話を聞いてもらいました。都内で起きた事件の調査を進めています。おととい、小川さんの隣人だった女性が富山県の警察官に出頭しました。我らも探していた人ですね。そして、彼女がですね、全てを説明してくれて、一人責任だということまで話しました。そういうことで、この先、小川さんはこの事件に関して利害関係者ではないというお知らせです。警察庁とご協力してくださって、おかげさまでした。これ以上、この事件に関しては警察庁との対面は不必要です。では、失礼します」

電話は切られた。

この殺人事件は解決された。







カバーはakiyoshi808さんの作品を借りました。あきよしさんの画像を借りたのは二回目です。よろしければ、この画家のインスタグラムをご覧になって下さい。

https://instagram.com/akiyoshi808?igshid=MzRlODBiNWFlZA==