大切にしたい色との出会い
いつも旅の動機は突然に訪れる。この日も目覚めた好奇心に誘われるまま旅支度を始めていた。
十一月、鹿児島の南西奄美大島へと向かう。途中、鹿児島空港付近の上空から濃い緑色の霧島山麗を眺めながら進んでいく。気が付くと、外の景色は柔らかい白味を帯びた青に変わっていた。この旅でこれから出会うこと、そこから感じたことを記憶として残したいと、沸き立つ気持ちを押さえて、わたしは心の中で静かに踊った。
いつからかは分からないが、大人になってからその土地に根付く職人の技に触れることは、旅のテーマの一つになった。今回の旅で出会ったのは、奄美大島の伝統工芸品大島紬だ。大島紬は、泥染めという伝統的な染め技法で染色した絹糸で作られた手織りの織物だ。緻密で細やかな絵柄からは、職人のピンと張りつめた息づかいが感じられる。この紬は百年を超えても着られる丈夫な織物と言われ、世代を超えて使い続けることができるそうだ。
わたしは普段愛用する古道具のことを思い出した。狭い部屋には窮屈そうな古道具のチェストやフィンランドのリサイクルショップで見つけて迎え入れた器たち。どことなく人間味のある表情が垣間見えるものたちとの暮らしは自分にとってとても居心地が良い。人から人へ、脈々と受け継がれているものには作り手と使い手の温かさが宿っているようだ。大島紬もそうして現代まで受け継がれてきたのだろうか。
大島紬の色を纏ってみたい。そう思い立ち、着込んでクタクタになった白シャツを手に、染め工房に向かった。入り口に立つと、墨汁に牛糞を混ぜたような(我ながら的確な表現である)香りが鼻の奥を刺激する。シャリンバイという木の樹皮を煮だして作られた染液の香りだ。染液に布を通すと、においからは想像することもできない美しい紅色に染まった。こうして染めた布地を泥田に浸ける工程を交互に繰り返す。こうするうちに灰茶色の深みのある色へと変わっていった。色止めは、工房裏手の清流で行う。透き通った水の感覚が冷たいながらも心地よい。
「この色は、奄美特有の土の成分からつくられる特別な色。だからこの色を求めてきてくれる人は全国にたくさんいる。一度で色は完全に入りきらないから何度も染め直しをしに来る人だってたくさんいるよ。」と少しシャイな工房の染師は嬉しそうに話す。次回はどんな色と出会えるのか、再会する楽しみをお土産にいただいたようだ。
このシャツを着てどこへ出かけようか。時間の移ろいを愛おしく感じさせてくれるお守りのような一着を手に入れた。奄美大島の旅はまだこれからも続いていく。