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浅草花やしき お化け花嫁物語
日本最古の遊園地、花やしき。
そこにある古びたアトラクション、スリラーカー。
遠い昔、子どもたちを賑わせていたスリラーカーの乗車口の横に、ウエディングドレスを着たお化けの人形があることをご存知でしょうか……?
暇ならぜひ一読を………。
秋風が頬をかすめる、少し肌寒い日曜日の昼。
今日も花やしきは、たくさんの子どもたちで楽しそうに賑わっていた。
そこに2人のカップルがいた。
「私、ここには小さい頃からよく来てたんだよ」
「へぇ、俺ははじめてだ」
「ねぇ、スリラーカーに乗らない?お化け屋敷は歩かないといけないから怖いけど、これなら乗り物にのって進むから全然怖くないんだよ」
「いいよ。乗ろうか。」
2人は乗車口へと進んだ。肌寒いけれども、遠くまで青く澄んだ綺麗な空だ。ずっとこの天気が続くといいな。
列に並んだ。
「ねぇ、このウエディングドレスを着たお化けの花嫁綺麗でしょ?みんな気持ち悪いって言うけれど、私は昔から好きなんだ」
「うわっ、びっくりした!いや、怖いでしょ!」
「そうかなぁー。綺麗だけどなぁ。」
順番がきて2人はそのままスリラーカーに乗った。
意外と速くて、風が目に染みたけれど楽しかった。
そのまま花やしきを堪能し、浅草をプラプラした。
お互いの夢やしたいこと、2人のこれからについてたくさん話をした。
途中で古びた喫茶店でコーヒーを飲んだり、お団子を食べたり、ハトにエサをあげたり、気持ちの良い休日を過ごすことができた。
なにより、この娘の笑顔が可愛くて仕方がなかった。この娘の笑顔の隣にずっといたいと思った。
優しく見守る男と、頬を赤らめる若くて綺麗な女性。
誰が見ても微笑ましくて、素敵なカップルだ。
そんな2人でも結ばれることはなかった。
理由は単純。
彼女を傷つけるような言葉を言ってしまったんだ。
ホントに些細なこと。普通だったら気にしないようなこと。でも若い2人はその言葉の壁を乗り越えることができなかった。
少しずつ、少しずつあの娘は離れていった。
長い長い年月が過ぎた。
もうあの日のことも思い出せないくらい。
あの娘の笑顔も思い出せないくらい。
地元に戻った。そこで結婚をして子どもを授かった。嫁は優しくて、子ども思いの素敵な女性だ。この人をずっとずっと大切にしたい。娘が生まれてからは、自分の家族を絶対に守ろうと心に決めた。
何度目かの結婚記念日。
記念の旅行で東京へと行くことになった。
東京に行くのはかなり久しぶりだ。
浅草に行った。嫁も娘も嬉しそうに観光している。俺はそれを見守った。
しばらくアーケードを歩いていると、もはや記憶にすらほとんどない花やしきが見えた。
娘と嫁は興味本意で行きたいと言い出した。
昨日はディズニーリゾートに行っている。それもあって、とてもじゃないが入るような価値はないと伝えた。
しかし、「どうしても」とのことで、結局3人で入ることになった。
ゲートをくぐると、なんとなく覚えている景色がそこにはあった。
何か大切なものを、長い間、ここに置いたままのような気がした。
ひと昔前のアトラクションを嫁と娘はキャーキャー言いながら楽しんでいた。俺はコーヒーを飲みながらそれを見守った。
「ねぇ、パパ!最後みんなであれに乗ろうよ!」
娘が指を指したのは、遠い昔、綺麗な秋空の下で乗ったスリラーカーだった。
錆びて、ボロボロで、人も並んでいない。
ひっそりとたたずむスリラーカーがそこにはあった。
3人分のチケットを渡し乗車した。
カタカタと音をたて、ボロボロの乗り物は3人を乗せて進んでいった。
乗車口に降りた。
「パパ、おもしろかったね!」
「ねぇ、パパ。お化けの花嫁さんがいるよ!
ウエディングドレスを着て、おめかしもしてて、とても綺麗ね!」
そこにはボロボロのウエディングドレスを着た、今にも崩れ倒れてしまいそうなお化けの人形がいた。
ずっと、ずっと何かを待っているようだった。
頬に何かが流れるのを感じた。
「ああ…綺麗だね……」
空は、どこまでも、どこまでも、青く澄んでいて、あの日の自分たちを繋いでいるようだった。
終わり