最近の【ほぼ百字小説】2024年10月30日~11月8日
*有料設定ですが、全文無料で読めます。
【ほぼ百字小説】をひとつツイート(ポスト)したら、こっちでそれに関してあれこれ書いて、それが20篇くらい溜まったら、まとめて朗読して終わり、という形式でやってます。気が向いたらおつきあいください。
10月30日(水)
【ほぼ百字小説】(5502) 朝からの冷たい雨で亀の甲羅もすっかり冷え、何も食べない動かない。昨日の昼間には、あんなにばくばく食ったのに。甲羅の中で、夏と秋がめまぐるしく入れ替わっているようだ。いや、甲羅のない身にはわからないが。
ちょっと前の亀。今はもう完全に食べない状態です。亀の内部時間、というか、内部季節みたいなものがどうなっているのか、それを亀がどう感じているのか、というのは不思議です。
【ほぼ百字小説】(5503) 夕方、妻と近所の公園まで彗星を見に。娘は面倒くさがって来なかった。国際宇宙ステーションの通過を何度も見たところだ。隣町の高層ビルも見える。昔は岬だった台地も見える。西空に雲が多くて彗星は見えないかも。
これもちょっと前にあったこと。そのまんまです。彗星は見えませんでした。
10月31日(木)
【ほぼ百字小説】(5504) 工場に呼び出された社員は、自動人形に改造される。社内にそんな噂が流れ、呼び出されたことのある社員を見て、噂だけではないな、と感じている。もしかしたらずっと呼び出されないかも。今ではそれがいちばん怖い。
何を思って書いたのか、よくわからない。会社の夢みたいなものなのかなあ。会社勤めをしていた頃の夢は、よく見ていました。最近はあんまり見ない。まあその代わりにこんなのを書くのかも。
11月1日(金)
【ほぼ百字小説】(5505) 子育てをする生き物だが、育てるのは自分の子である必要はないらしく、だからうまくやれば人間でも育ててもらえる。そんなふうにして育ててもらった者は、自分の子もそうやって育ててもらいがち。それの何が悪い?
托卵の逆、みたいな話かな。人間も育ててくれる。だからそれに子供を託す人間もいる。まあそういうSF。
【ほぼ百字小説】(5506) 空白にするか、暗黒にするか。見えなくする方法は、大きく分けてその二つ。見たくないのか、見られたくないのか。見えなくする理由も、その二つか。この世界の始まりがどの組み合わせであったのかは、今も見えない。
ついこのあいだまで『みえない』という芝居に出てて、その稽古期間とか劇場入りしてからの時間に書いたものがけっこうあるんですが、まあ本番が終わってからにしよう、と思って寝かしてました。ということで、しばらくそういうのが続きます。まあ私はこの『みえない』というお話をこんなふうに受け取りました。みえなくする方法と理由の話、として。
11月2日(土)
【ほぼ百字小説】(5507) 亀の縁としか言いようのない縁で集まった人たちとそれぞれが持っている亀の話を交換している。我々は亀によってこの場に集められたのだろう。亀の甲羅の縁側のようなあの部分に並んで腰かけ、亀の縁に感謝している。
こういうことがありました。べつにそういうことで集まったわけでもないのに、亀の話になると皆が盛り上がる。縁というのは亀なるものですね。そして、亀の甲羅には縁側があります。
【ほぼ百字小説】(5508) この先も書き続けるには生きていかねばならないし、生きていくには食っていかなければならず、そして食っていくには、などと考えたところでどうなるものでもなく、まてよ、死んでも書き続けられるならすべて解決か。
まあゾンビも悪くないのでは、みたいな話。いや、ゾンビになったらもうそんなことできないだろうし、自我もないだろう、とも思いますが、ゾンビにもいろいろですからね。小説を書くゾンビ、というのはまだいないような気がする。
【ほぼ百字小説】(5509) いつも芝居の稽古に使う区民センターに大きな古いオルゴールがあって、でも時間が合わなくて、まだ音を聴いたことがない。稽古が始まる前に見て、稽古終わりでまたそれを見る。公演が終わったら、聴きに来ようかな。
『みえない』の稽古中に書いたやつ。そのまんま。都島区民センターのロビーにある。演劇って、人力でオルゴールをやってるみたいなところ、あるじゃないですか? 同じことを繰り返してるし。とか、オルゴールを見て思ったり。まだ聴きには行ってません。
【ほぼ百字小説】(5510) 同じ時間を繰り返す。繰り返すことでぎくしゃくした流れはなめらかになるが、なめらかであればいいというのでもなく、などと考えながら、カーテンを開けると窓の外はもう夜だ。時間に置いていかれた気分でまた明日。
ということで、そのオルゴールのある会館でやっていた芝居の稽古をしていて思ったこと。芝居の稽古って、ほんと時間ループものみたいなんですよ。同じループにみんなで入って行く。でも、外では確実に時間が過ぎてるんですね。
11月3日(日)
【ほぼ百字小説】(5511) 運動している分子の速度を目視してより分けることで冷蔵庫内を低温に保つだけの簡単な仕事。そんな募集広告に釣られて悪魔の下請けというまさに闇バイトに引き込まれたのだった。ホワイト家電案件と思ったのになあ。
ツイッターのほうで、なんとなく冷蔵庫で盛り上がった(ひとりで勝手に)ので、浮かんだやつ。マックスウェルの悪魔というのは、物理における思考実験の名作だと思います。そう言えば『昔、火星のあった場所』でも、クーラーが怪しい、というのを書いたなあ。
冷蔵庫ツイート、このあたりです。元は、とり・みきさんのツイート。
【ほぼ百字小説】(5512) 数ヶ月後にはこれになるのか、と思いながら読んでいる。目を通しているだけで、具体的にどうやってそれになるかは決めていない。すっごい面白いことをする、と書いてある。二度見する。えらいことになった、と思う。
そのまんまです。台本というのはほんとにヘンテコなものです。今回の『みえない』の劇中劇の中で上田ダイゴさんもネタにしていましたが(そういうコーナーがあったのです)、そこに書いてあったらやらなければならない。それを現実にしなければならない。で、本当に台本にこんなことが書いてある。これだけしか書いてない。目が点になりました。
【ほぼ百字小説】(5513) 客席からは見えない通路がいくつもあって、思いがけないところから現れたり消えたりしたように観せることができる。不可能犯罪に思えるものの多くはそれだ。まずは、この世界が劇場であることを知るところからかな。
で、これは演劇宇宙というか劇場世界というか、そんな世界の話。この世界の物理法則のように演劇的な約束事が存在している世界。そこを舞台にした(まさに演劇ですね)ミステリ、かな? 芝居の稽古中は、よくこんなことを考えます。
【ほぼ百字小説】(5514) ほとんどの登場人物たちは台本が存在していることなど知らないまま台本通りに動いている。だから、台本があることを知っているだけでなくその台本を持っている者に太刀打ちできるはずがない。役の大小には関係なく。
そういう演劇宇宙で超人的能力を発揮するキャラクターは、つまりこういうことなのでは、とかそんな設定。怪人二十面相とかそんな感じがしますよね。犯罪も劇場型だし。名探偵なんかも、世界の台本を持ってるような気がしますね。
11月4日(月)
【ほぼ百字小説】(5515) 昔読んだ、世界が結晶化する話、こういうことだったのか、と何本も並ぶ人間の背丈の六角柱を見て思う。六角柱になることで、空間を無駄なく使えるのだとか。それで空いた土地には、ショッピングモールが建つらしい。
もちろん、バラードの『結晶世界』。ストーリーはほとんど憶えてない、というか、あったっけ。まあイメージはかっこいい。で、それと六角柱がびっしり並んでいる結晶の写真を見て。ああいうのじゃなくて、たんにコスパをよくするための結晶化もあるか、とか。
【ほぼ百字小説】(5516) たいしたことしてないのに、あちこち擦り剥いたりいろんなところが痛かったり、それでもやるべきことがやれるかどうかはわからず、まあやれるだけはやってみるか、おもしろいし、というのは小説でも何でも同じだな。
『みえない』の稽古中に書いた。できないのにアクションをやらなければならなくなって、アクション指導の先生にまで来ていただいて、そしてこういう感じ。いやほんと、演劇は思いがけないことをやらなければならなくなって、それでヘンテコな体験ができる。まあそれでやってるところもあるんですけどね。
【ほぼ百字小説】(5517) 身体をその窪みに填め込もうとしているが、そのためには身体を窪みに合わせるしかない。いきなりは無理でも何度もトライして、身体を窪みに合わせていく。皆でそうする。皆がそうして、皆で動けば、世界が動くはず。
劇場入りする手前のあと何回かしか稽古がない、というあたりで書いたやつ。なんというか、大きな着ぐるみを全員で動かしてるみたいな、そんな感じがしたんですね。とにかく填め込んで、そして全員できちんと動く。集団でひとつの生き物みたいなところ。演劇ってそんな感じがする。あくまでも私の印象ですが。
【ほぼ百字小説】(5518) 大きな蟹のいる公園には、大きな蟹以外にもいろんなものがいたりあったりしておもしろいだろうけど、大きな蟹に襲われると大きな蟹のいる公園にあるもののひとつにされてしまうから、子供だけで行ってはいけないよ。
直接関係はないんですが、これも『みえない』に触発されたもの。劇中の台詞に「大きな蟹のいる公園」というフレーズが出てくる。いいですよねえ。いかにも子供が言いそうだ。たぶんそういう遊具があるんだろうと思いますが、実際に大きな蟹のいる公園として書いてみたのがこれ。
11月5日(火)
【ほぼ百字小説】(5519) 妻が旅行に出ていることもあって、ものすごくひさしぶりに娘の弁当を作った。妻は朝が弱かったので昔は私が作っていたのだが、まあいろんなことが変わったし、娘ももう子供ではなくなってしまったな、当たり前だが。
そのまんま。数年前に、なぜか妻が、私が作る、と言ってそれ以来そうなった。それにしても子供がいると時間の速度を実感します。もう成長しない自分が取り残されるから、ですが。
【ほぼ百字小説】(5520) 満月のようにも見えるし、よく磨いたあの泥団子のようにも見える。あの泥団子の表面にも同じ形の海があったから、どちらとも言えない。まあどちらもずっと昔に壊してしまったから、どちらでもないはずだが。
月が自分で光っているのではない、というのを知ったのがいつだったのか憶えていませんが、ただ太陽に照らされているだけなのにあんなにぴかぴかに光る、というのがすごく不思議だったことは憶えています。泥団子みたいなものですよね。そして、泥団子って、泥団子とはとても思えないくらいぴかぴかになる。まあそんなところから書いたんですが、それともうひとつ、これも『みえない』関係です。劇中に磨いた泥団子が出てくる。その冷たい球を私が持つシーンがあって、そのとき、こんなことを考えてました。稽古が終わったときにきれいな月が出ていることが何度かあった、というのもあるかもしれません。
【ほぼ百字小説】(5521) 卵を落とせば月見になる、というのは、いったい誰の発明なのか。これまで蕎麦やうどんに限らずいろんな月見を食べてきたが、今度は月見にされて食べられる番か。卵のように割れて落ちてくる月を見ながら考えている。
月見うどん、というのは、なかなかいい命名だなあと思います。風流だ。でもまあ月見バーガーはさすがに無理がある、とか。まあ月はあのまま落ちてこなくて、落ちてくる途中でロッシュの限界を超えて砕けるらしいですが。
11月6日(水)
【ほぼ百字小説】(5522) 水の上にもコタツがあって、コタツを囲んだ団欒がある。コタツと団欒が滑るように川面を移動する。意外に速いのはモーターが付いているからで、そんなコタツと救命胴衣を着た団欒が今、橋をくぐって遠ざかっていく。
なんだそりゃ、でしょうけど、実際に見たことそのまんま。大阪の本町の川沿いにある本町βというスペースで「本の町」というイベントがあって、それを覗きに行ったときに窓から見た光景。
ほんとにコタツが水の上に浮いてて、それに入ってる家族がありました。まあそういうアトラクションみたいなものなんですが、なんというか、ギャグマンガの実写版みたいで、なかなかへんてこな感じでした。
11月7日(木)
【ほぼ百字小説】(5523) 自分の持ち物に書いた名前のようなサインで、せめてもの賑やかしに落款っぽく見える判子を押しているが、それは娘が小学生の頃、商店街での職業体験イベントで彫ってくれたやつだ。「勇」という字は「亀」に似てる。
これもその「本の町」で。toi booksさんのブースに百字劇場と『100文字SF』があったので、無理やりというか押しかけというか、とにかくサイン本にしてきました。そして、その四角い判子、「勇」という一文字だけのやつです。最近はずっと押してます。
【ほぼ百字小説】(5524) 百字の欠片が並んでいる。その中にはそれを書いたときの時間が化石のように閉じ込められていて、もうここにはいない自分の欠片のようでもあるから、書いておいてよかった、などと書いているこの自分もやっぱりそう。
これはほんと、そう思います。時間が閉じ込められてる。そして、それらのものは、あったことすらすぐに忘れてしまうようなものが多い。そういうものが、そのときの感情とかそのまま保存されている。メモだとこうはいかない。小説としていちど完成させてるからだと思う。そういうのもマイクロノベルの便利なところ。便利な道具です。
【ほぼ百字小説】(5525) ここにはないが、あることにしてやっている。本番ではないからな。本番でもないのに壊してしまうわけにはいかないし。ヒトはいないが、いることにしてやっている。本番ではないのに殺してしまうわけにはいかないし。
これも演劇もの、というかその稽古中に書いたやつ。稽古中は、本番にはあるはずだけどない、ということがよくあります。そりゃそうですよね。セットとか組めないし、小道具だって、いちいちぜんぶ持ってくるのはなかなか大変です。ということで、ないんだけどあることにしてやっている。で、ヒトではない何かが、何かのリハーサルをやっている、という場合はこんな感じ。何のリハーサルなのかは、本番になればわかるはず。
11月8日(金)
【ほぼ百字小説】(5526) 亀の魂は、甲羅と同じ形をしている。その長い生を甲羅の中で過ごすから自然とそうなる、という説と、逆に甲羅が魂の形に合わせて成長しているのだ、という説があるが、亀の魂が甲羅の形をしていることは間違いない。
寒くなってきたので、冬眠とまでいかないんですが、物干しの床の上でよく寝てます。そんな亀の冷たい甲羅を見たり撫でたりしていて思ったこと。
【ほぼ百字小説】(5527) 木枯らし一号が吹いた日に、旅行に出ていた妻が帰ってきた。駅まで迎えに行って自転車の荷台に荷物をくくりつけ、暗くなって冷え込んだ路地を歩きながら、今回初めて行った温泉の話を聞く。日当山温泉。いい名前だ。
あったことそのまんま。日記ですね。だいたい旅先でいろいろ(おもに食べ物)買って、バッグをぱんぱんに膨らませて帰って来るので、こういうことになる。
ということで、今回はここまで。
まとめて朗読しました。
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【ほぼ百字小説】(5502) 朝からの冷たい雨で亀の甲羅もすっかり冷え、何も食べない動かない。昨日の昼間には、あんなにばくばく食ったのに。甲羅の中で、夏と秋がめまぐるしく入れ替わっているようだ。いや、甲羅のない身にはわからないが。
【ほぼ百字小説】(5503) 夕方、妻と近所の公園まで彗星を見に。娘は面倒くさがって来なかった。国際宇宙ステーションの通過を何度も見たところだ。隣町の高層ビルも見える。昔は岬だった台地も見える。西空に雲が多くて彗星は見えないかも。
【ほぼ百字小説】(5504) 工場に呼び出された社員は、自動人形に改造される。社内にそんな噂が流れ、呼び出されたことのある社員を見て、噂だけではないな、と感じている。もしかしたらずっと呼び出されないかも。今ではそれがいちばん怖い。
【ほぼ百字小説】(5505) 子育てをする生き物だが、育てるのは自分の子である必要はないらしく、だからうまくやれば人間でも育ててもらえる。そんなふうにして育ててもらった者は、自分の子もそうやって育ててもらいがち。それの何が悪い?
【ほぼ百字小説】(5506) 空白にするか、暗黒にするか。見えなくする方法は、大きく分けてその二つ。見たくないのか、見られたくないのか。見えなくする理由も、その二つか。この世界の始まりがどの組み合わせであったのかは、今も見えない。
【ほぼ百字小説】(5507) 亀の縁としか言いようのない縁で集まった人たちとそれぞれが持っている亀の話を交換している。我々は亀によってこの場に集められたのだろう。亀の甲羅の縁側のようなあの部分に並んで腰かけ、亀の縁に感謝している。
【ほぼ百字小説】(5508) この先も書き続けるには生きていかねばならないし、生きていくには食っていかなければならず、そして食っていくには、などと考えたところでどうなるものでもなく、まてよ、死んでも書き続けられるならすべて解決か。
【ほぼ百字小説】(5509) いつも芝居の稽古に使う区民センターに大きな古いオルゴールがあって、でも時間が合わなくて、まだ音を聴いたことがない。稽古が始まる前に見て、稽古終わりでまたそれを見る。公演が終わったら、聴きに来ようかな。
【ほぼ百字小説】(5510) 同じ時間を繰り返す。繰り返すことでぎくしゃくした流れはなめらかになるが、なめらかであればいいというのでもなく、などと考えながら、カーテンを開けると窓の外はもう夜だ。時間に置いていかれた気分でまた明日。
【ほぼ百字小説】(5511) 運動している分子の速度を目視してより分けることで冷蔵庫内を低温に保つだけの簡単な仕事。そんな募集広告に釣られて悪魔の下請けというまさに闇バイトに引き込まれたのだった。ホワイト家電案件と思ったのになあ。
【ほぼ百字小説】(5512) 数ヶ月後にはこれになるのか、と思いながら読んでいる。目を通しているだけで、具体的にどうやってそれになるかは決めていない。すっごい面白いことをする、と書いてある。二度見する。えらいことになった、と思う。
【ほぼ百字小説】(5513) 客席からは見えない通路がいくつもあって、思いがけないところから現れたり消えたりしたように観せることができる。不可能犯罪に思えるものの多くはそれだ。まずは、この世界が劇場であることを知るところからかな。
【ほぼ百字小説】(5514) ほとんどの登場人物たちは台本が存在していることなど知らないまま台本通りに動いている。だから、台本があることを知っているだけでなくその台本を持っている者に太刀打ちできるはずがない。役の大小には関係なく。
【ほぼ百字小説】(5515) 昔読んだ、世界が結晶化する話、こういうことだったのか、と何本も並ぶ人間の背丈の六角柱を見て思う。六角柱になることで、空間を無駄なく使えるのだとか。それで空いた土地には、ショッピングモールが建つらしい。
【ほぼ百字小説】(5516) たいしたことしてないのに、あちこち擦り剥いたりいろんなところが痛かったり、それでもやるべきことがやれるかどうかはわからず、まあやれるだけはやってみるか、おもしろいし、というのは小説でも何でも同じだな。
【ほぼ百字小説】(5517) 身体をその窪みに填め込もうとしているが、そのためには身体を窪みに合わせるしかない。いきなりは無理でも何度もトライして、身体を窪みに合わせていく。皆でそうする。皆がそうして、皆で動けば、世界が動くはず。
【ほぼ百字小説】(5518) 大きな蟹のいる公園には、大きな蟹以外にもいろんなものがいたりあったりしておもしろいだろうけど、大きな蟹に襲われると大きな蟹のいる公園にあるもののひとつにされてしまうから、子供だけで行ってはいけないよ。
【ほぼ百字小説】(5519) 妻が旅行に出ていることもあって、ものすごくひさしぶりに娘の弁当を作った。妻は朝が弱かったので昔は私が作っていたのだが、まあいろんなことが変わったし、娘ももう子供ではなくなってしまったな、当たり前だが。
【ほぼ百字小説】(5520) 満月のようにも見えるし、よく磨いたあの泥団子のようにも見える。あの泥団子の表面にもよく似た形の海があったから、どちらとも言えない。まあどちらもずっと昔に壊してしまったのだから、どちらでもないはずだが。
【ほぼ百字小説】(5521) 卵を落とせば月見になる、というのは、いったい誰の発明なのか。これまで蕎麦やうどんに限らずいろんな月見を食べてきたが、今度は月見にされて食べられる番か。卵のように割れて落ちてくる月を見ながら考えている。
【ほぼ百字小説】(5522) 水の上にもコタツがあって、コタツを囲んだ団欒がある。コタツと団欒が滑るように川面を移動する。意外に速いのはモーターが付いているからで、そんなコタツと救命胴衣を着た団欒が今、橋をくぐって遠ざかっていく。
【ほぼ百字小説】(5523) 自分の持ち物に書いた名前のようなサインで、せめてもの賑やかしに落款っぽく見える判子を押しているが、それは娘が小学生の頃、商店街での職業体験イベントで彫ってくれたやつだ。「勇」という字は「亀」に似てる。
【ほぼ百字小説】(5524) 百字の欠片が並んでいる。その中にはそれを書いたときの時間が化石のように閉じ込められていて、もうここにはいない自分の欠片のようでもあるから、書いておいてよかった、などと書いているこの自分もやっぱりそう。
【ほぼ百字小説】(5525) ここにはないが、あることにしてやっている。本番ではないからな。本番でもないのに壊してしまうわけにはいかないし。ヒトはいないが、いることにしてやっている。本番でもないのに殺してしまうわけにはいかないし。
【ほぼ百字小説】(5526) 亀の魂は、甲羅と同じ形をしている。その長い生を甲羅の中で過ごすから自然とそうなる、という説と、逆に甲羅が魂の形に合わせて成長しているのだ、という説があるが、亀の魂が甲羅の形をしていることは間違いない。
【ほぼ百字小説】(5527) 木枯らし一号が吹いた日に、旅行に出ていた妻が帰ってきた。駅まで迎えに行って自転車の荷台に荷物をくくりつけ、暗くなって冷え込んだ路地を歩きながら、今回初めて行った温泉の話を聞く。日当山温泉。いい名前だ。
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