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抱きしめる

夕暮れ時の薄暗い和室で
聞きなれたドクターの声が
受話器の向こうから聞こえてきた

「お母さん、どうしました?」
「先生、リョウコが手首を切ったんです
私、怖くて
再入院した方がいいんじゃないですか?」

「・・・おかあさん、自分で、ほら、って、手首をみせてきたんでしょ?
自殺する子は、そんなことしないでさっさとほんまに
死にますよ

見せてくるってことは
お母さん、ほら、ほら、私、こんな怖いことしたよ
みてみて!
って小さい子が、
「お母さん,みてみて!」って言っているのとおんなじなんですよ

だからね、お母さんは
リョウコさんをよしよし、っていって
抱きしめてあげてください
痛かったね
もうそんなことしたらあかんよ
っていって、抱きしめてあげてください
それだけでいいんです

病院で何とかするもんではありません
お母さんとリョウコさんの問題です」

って言った

なんだって?
リョウコによしよし?
抱きしめる?

それは私に
最終勧告を出された瞬間だった

もしかして
それは私が一番避けてきたことじゃないか

リョウコをずっと傷つけてきたからこそ
こうなったんです
って先生は知ってたのか

リョウコはただただ
私に抱きしめてほしかっただけ?

本当に?

やはりそうなんだ

っていう声が心の奥底から聞こえてきた気がした
私は
リョウコをただかわいがるだけで
リョウコは救われる

私はなぜかわからない
リョウコに対する怒りや憎しみと
向き合わなければ
リョウコは良くならない
そして私自身の
恐怖は解消しないんだ
ってことが分かった
というか
もうこの道しか残っていない
それをリョウコは
精一杯自分の身体を
精神的にも肉体的にも
傷つけながら
私に訴えてきてくれたんだ

薄紫の夕焼けが
和室の畳に差し込んでいた
私はもう
後には引けない
ごまかすことはできない
正面から向き合わないといけない

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