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【キルゾーン・スモトリ】を読んで〜ある救いなきモータルの物語〜【ニンジャ読書感想文】

📕これは何ですか

ダイハードテイルズの2023年夏のニンジャソン「読書感想部門」に参加してみるものです。ニンジャスレイヤー第1部【キルゾーン・スモトリ】の感想文です。


 このエピソードは私が『ニンジャスレイヤー』を読み始めて最初に好きになった話だ。私を惹きつけたのは、ある救いなきモータル 非ニンジャの物語だ。物語の主役はこの話に登場するナガムという一人のサラリマンサラリーマンである。

 ナガムは「ウットコ建設」という巨大都市ネオサイタマの大手ゼネコン社員であり、ネオサイタマにおいてはカチグミ、「人生の勝者」に位置付けられる男である。元々彼は裕福な生い立ちではなく、「母親の内臓を売った」とまである通り、カチグミの地位を得る為に壮絶な努力があった事は想像に難くない。だがその過程で彼の倫理観や良心は喪われていたのか、いつしか彼は狂気としか呼べぬ「殺戮遊戯場キルゾーン」に駆り立てられてしまった。しかしその様子に疑問を持つ者は彼の周囲には居なかったのだろう。それがネオサイタマでの「カチグミの流儀」だからだ。

 キルゾーンでの彼とサトウ副係長の行動に何か過ちがあっただろうか。安易に薬物に手を出した事か?ペナルティを恐れず素直に救援要請すべきだったか?それともキルゾーンという狂った余暇が悪いのか?それを正すにはネオサイタマという街は余りにも狂い過ぎていた。彼等にあったのは不運だけである。

 不運の結果二人はどうなったか。サトウ副係長はニンジャの暴威の前に無惨に命を落とし、ナガムは辛くも、不運をも上塗りする狂気により命を長らえた。

 いや、正確には凍える冷蔵庫の中で眠りについた彼のその後は誰にもわからない。そのまま二度と目覚めぬ眠りに落ちたのか、或いは"幸運にも"救助されたとて、その後の人生は以前よりも苛烈であろう事は疑いようもなく、とても幸運とは呼べないものだろう。

 いずれにせよ救いのない結末。これはネオサイタマにありふれた光景のひとつである。


 【キルゾーン・スモトリ】は連載初期の短編エピソードで、物語のメインストーリー上重要な展開がある話ではない。『ニンジャスレイヤー』のエピソード、特に三部作トリロジー時代の話には、その一話だけの主役格となるモータルが出てくる話がいくつかある。ナガムもそんな一話限りの主役格の一人だ。ユンコやデッドムーン、スミスやラッキー・ジェイクのようにメインの物語に深く、或いは強いインパクトで絡むモータル達も勿論魅力的だが、私はナガムのような一話だけで輝いて消えていく儚いモータルの物語が大好きだ。

 ナガムはそんな儚いモータルの中でも特に救いがない。現実の視点から見れば、その運命は因果応報インガオホーと言える程には汚れた経歴の上にある。そして彼の最後、或いは最期はそれ以上語られることも、また顧みられる事もない。僅かな不運によりニンジャの手で命を落とすことが日常茶飯事チャメシ・インシデントな世界だからだ。

 さらには物語の主人公であるニンジャスレイヤーも、ナガムというモータルを助ける為にその場に現れた訳ではない。彼はただニンジャの居場所を追い、そこに一人は殺され、もう一人殺されかけたモータルが居た、それだけの事である。実際ニンジャを殺した後にナガムの姿を顧みる事はなく、恐らく今後その名を知る事もないだろう。

 物語の本筋に深く関わる事もない、救いなきモータル達。彼等にもそれぞれの物語があるのだ。そしてエピソードにも語られない彼等の物語達こそがネオサイタマを形作るのだ。ナガムや、同じような救いなきモータルの物語達が、私にとってネオサイタマに、そして『ニンジャスレイヤー』の世界に奥行きを認識させてくれ、その奥行きの中に自分の姿を投影せずにいられなくするのだ。

 ナガムのような救いなきモータルの物語が語られる度に、私の心には彼が母の面影と共に聴いた、物悲しいBGMが響くのである。

 安い…。安い…。実際…安い……

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