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時代と自分の価値

これからの世の中はすごいことになりそうだね~と友人との会話。

若い人の活躍がすごいよね!と私たちおばちゃんは高校生や中学生で社会の中で何かを始めたり、やり遂げたりする若者を称賛していた。20代の若者もそうだけど、本当に優秀な人が世の中に出やすくなった時代だと感じる。昔はお金がないとか経験がないとかで、優秀な人でも自分で何かを始めることが難しかった。実家が裕福とかコネがあるとか自分のだけの力ではどうにもできないことに左右されがちな時代だった。

しかし、よく考えていくと、いま活躍している優秀な若者たちは時代がいつであれ表に出てきていたような気もする。そして、その時代のおじさんおばさんが恐れるような才能の輝きだったんだろう。いま私が感じているような。

確かに時代の変化で活躍する手段は増えている。しかし私が子ども時代を過ごした昭和であっても昭和初期や明治時代に比べたら手段は増えていたはず。その頃は若いというよりも女性なのに自立できるとかそういったことで年上の人からいろいろと言われた記憶がある。

そうだ、その時代は女性が働くということに壁があった時代だった。若いとか以前に、生まれた時の性別で人生がある程度決まるような時代だったのだ。そうだった。若者の活躍に目がくらんで気付かなかったけれど、そうだった。確かにそういった時代が存在していた。

女性であるということだけでハンディを抱えた人生を歩むざるをえなかった人が山のようにいた。その人たちこそ、今だったら大活躍していたかもしれない。

そう考えると今の世の中、最高なんじゃないだろうか。きちんと優秀な人が評価される時代。そう感じる。

そして、自分が今の時代に中学生、高校生だったら良かったのに。と年寄りが抱く幻想を抱いていた。うん。考えちゃうよね、それ。今なら自分は活躍できたかもしれない。あのモヤモヤとしていた学生時代をもう一度やり直せるなら・・・。

冷静に考えると、時代が変わっても優秀かどうかは変わらない。今の時代に中学生をしていたとしても、私は同じような時間を過ごしただろう。家族(親など)が違えば、時代に関係なく、人生変わっていたかもと思うことはあるけれど、環境が同じであれば、どんなに時代が変わっても同じような人生を過ごしたんじゃないかな。

むしろ今は活躍していることがSNSなどでわかってしまうから、自分と同じような年代の人がビッグプロジェクトを成功させてるのを見て、余計にモヤモヤが強まってる可能性さえある。

時代のせいにしてる限り、何も新しいことは始められないよね。

今の私だって恵まれているとはいえない気がするけれど、女性なのに男性と同じように教育が受けられただけで、人生は有利になっている。歴史を学ぶとそういういことがわかるから素敵だ。自分の当たり前が、当たり前でないことに気づける。

時代のせいにしたい気持ちが山々だけど、自分に与えられた権利を最大限に生かして、もがきながらも自分の人生を作り出していかいないといけないな。という結論。

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ユキ
私を幸せにしてくれる全てを愛しています♡