大人の顔色を伺う
虐待サバイバーのゆうかです。
私は父に虐待されて育ちました。父が機嫌がいい時は怒られないのですが、機嫌が悪いと、容赦なく殴られたり怒鳴られたりしました。
私は、小さい頃から父の機嫌をいつも気にしていました。父の機嫌はいつどうなるかわからないのです。私の努力ではどうしようもないのです。
毎日、毎時間、毎分、毎秒、私は必死で父の顔色を伺うのです。父は機嫌が良いときは優しい父でしたので、安全でした。けれど、ひとたび機嫌が急降下すると、もう誰にも手がつけられませんでした。
例えば、私達姉妹が食事の準備をしていると、おてふきが最初に出てこず、箸が先に出てきたとか、箸がひとり分足りないとか、ご飯が硬いとか柔らかすぎるとか、理不尽なことでひどく怒られるのです。
父が怒り始めると、私達の行動は止まります。もちろん食事はお預けになります。夜中までお説教と暴言、暴力が繰り返されるのです。
私は、学校では優等生でした。父に比べれば学校の先生は私とっては簡単でした。ルールに則り、言われた通りにすれば怒られることは絶対にありませんし、むしろ褒めてもらえるのです。だから、学校は私にとっては安全な場所でした。
けれど、父はそういうわけにはいかなかったのです。理不尽に怒り出し、意味もわからず暴言を吐かれ、支配され言われるがまま殴られるために体を差し出すのです。
そんな状況下で、私は当然、父の顔色を伺って生きるようになり、やがて周囲の人の顔色までも伺うようになりました。
唯一、顔色を伺わなくていいのが学校の先生でしたが、他の大人はみんな顔色を伺う対象でした。
大人になってからも、それは変わりませんでした。上司の顔色、同僚の顔色、部下の顔色、ママ友の顔色を伺ってしまうのです。
私がパワハラやセクハラを受ける原因になったのは、これが原因なのかもしれないと今になって思うのです。