ブルーライトに照らされて。
心臓の音さえ、聞こえない気がした。
わたしの膝に手を乗せていた恋人の力が、グッと強まった感覚だけが残る。
ブルーライトに照らされて光る彼女のからだが透明になって、今、その瞬間、魂がみえた。
みえるはずのないもの。
わたしはこの光景を、知っている。
*
人の魂がみえる瞬間に出逢ったのは、2回目だと思った。あの時、この世界にはこれほどまでに美しい光景があるのだということを、これでもかというくらい目の前で突きつけられ、その現象自体が信じられなかった感覚を思い出した。
「もう、それしか、ないじゃないですか。」
自分の使命を悟り、受け入れ、共に生きることを覚悟して10年の起業家、わたしが受けていた最後の講義で発された言葉。前後の文脈は惜しくも忘れてしまったのだけど、
わたしたちが自分自身を生きるには、
「もう、それしか、ない。」
そう強く断言できるほど、この人は自分の道を、そして自分自身を、追求し切ったのだと思った。そこに辿り着くまでの葛藤や、後悔や、よろこびや、生き甲斐を、優しく強く、抱きしめて。自分が確かめ続けてきたそれを誰よりも、何よりも、信じているのだと思った。信じたいのだと思った。信じるしかないのだと思った。
たとえどんなにそこから逃げたくなったとしても、もう、魂が許さないくらいには。
*
人の記憶が失われても、感覚は宿り続ける。
あの時と同じように、涙が溢れた。溢れて溢れて、止まらなくなった。
時が止まったように感じていたから、自分が呼吸していたかも覚えてなければ、瞬きさえしていなかったかもしれない。0.1秒の一瞬さえ、見逃したくないと思うほど、見惚れていたんだと思う。
目の前で彼女が歌う曲の歌詞の全てを、聞き取れなかった。それでも、彼女が伝えたい想いが痛いほどにゆっくりと、激しく流れてくる。眩しくて、目が眩みそうで、離してくれない。音色全体に広がるその輝きを、この命で感じてる。
心臓の音さえ、邪魔してほしくなかった。
恋人の手の力がさらに強まって、少し痛かった。きっと彼も今、同じ景色をみていると思った。
もどかしい。
もどかしい、もどかしい、もどかしい。
こんなにも、みえているのに。
過去の誤ちがもどかしい。許せなかった自分がもどかしい。愛してほしいように愛せなかったのがもどかしい。自分でいっぱいいっぱいだったのがもどかしい。あなたもいっぱいいっぱいだったのがもどかしい。分かり合えなかったのがもどかしい。自分が足りなかったのがもどかしい。でも、ねえ、もし足りていたとしても、
わたしたちは
そこで一緒に、生きれてた?
あなたの苦しさが苦しい。
反射するわたしの傷が痛い。
ただ今を生きたいそれだけなのにわたしたちは、過去に飛んで、未来を願う。
向き合って、向き合って、向き合って、もう無理だというあなたを気づけばナイフのような言葉で傷つけて、それさえ気づかない間に、大量の血が流れた記憶の欠片が、飛び散った。
彼女の声が、突き刺すように響き渡る。
違う。そうじゃない、そうじゃない、そうじゃないよね、きっとあなたは抱きしめてほしかった、それだけだったんだよね。上手く生きれてないことなんて自分がいちばんよく分かってたよね、だからいちばん愛する人から責められることなんて望んでいなかったよね、ほんとうは大丈夫って信じてほしかっただけなんだよね、それならきっともう一度がんばれたのにね、でもそんなことが分からなかった。ほんとうはわたしよりも誰よりもあなたがいちばん向き合いたかったんだよね、何より欲しかったのはそんな風にやり直す現実だったのにね、でもどうしようもできなかったんだよね、だってあまりに沢山の問題があったから。まだ時間が必要だったんだよね、あなたのペースがあるもんね、止まっていたかったんだよね、進むならゆっくりが良かったんだよね、わたしだけが早く前に進みたかったんだよね、だってわたし、自分の問題はみえてなかったから。
「なんで分からないの?」
傷つけ合った末のそんな気持ち、どんなに受け取りたくても受け取れるはずがないよね、だってわたしこそ分かってなかったんだもんね、じゃあどうするのが正解だった?もしもわたしがあなたのことをどれだけ抱きしめていたとしても本当は、
あなたがあなたを抱きしめてほしかった。
許せなかったなんて、おこがましいよね
誤ちでもなければ、誰のせいでもないよね
全てを受け入れた今なら、分かるけど。
わたしの生きる世界が
光で満たされているように
あなたを包むすべてが
優しさで溢れていますように
誰よりも
愛されることを望むあなたが
誰よりも
愛することができるあなたが
いつかきっと、
本物の愛に辿り着けますように。
ここで、待ってる。
コントロールできない世界を生きる。
この魂が望むままに、揺られるままに、辿り着くままに。
前に進み続ける、人がどんどんいなくなる。
ふと偶然、交わったあなたの存在が嬉しくて
わたしは今日も、この世界を愛する。
ハッとした瞬間、心臓の音が聞こえ始めた。
曲が終わって、まだ泣きながら隣にいる彼を振り返って、手を握り返した。
一緒に同じ世界を生きてる彼のことを、心底愛しく想った。
随分遠くまで、来たみたい。
彼女の想いと、わたしの記憶。
忘れていた過去さえ、愛しかった。