短篇小説「夕凪」
「ねぇ、どうしてここに来たの?」
「理由なんて沢山ありすぎて。」
「ここに来る人はみんなそう言うよ。」
「だろうね。それにしても静かだね。風もない。」
「凪って言うんだ。海風が吹かないのを。だから今は夕凪。つまり何もない時間。」
「響きがいいね、凪か。さて、僕は何をしよう。」
「どうせあっちに行くんでしょ?」
「そうだけど。今ここで何をするかは決めてない。」
「じゃあさ、私の話聞いてくれない?」
「いいよ。時間はいくらでもある。」
「私ね、あっちに行く人を沢山見てきたんだ。」
「うん、知ってる。」
「そして、必ずあっちに行った人は悲しい顔をしてるの。」
「なんで?僕は悲しくないよ?」
「ううん、そうじゃない。まだあっちに行ってないからだよ。」
「そうか。それじゃあこの後、僕も悲しい顔になるのか。」
「私はね悲しい顔を見たくないんだ。」
「...それじゃあ僕にはあっちに行って欲しくないんだね?」
「いや、そんなこと言わないよ。」
「白状だね、君は。」
「そうかもね。私はそろそろ行かなきゃ。」
風が強く吹いて来た
「私のことどう思ってる?」
「怖い。」
「ありがとう。それが聞けて良かった。」
僕はあっちへ行くのを諦めた。
その瞬間、更に風が強くなり身体が押される。
そして気づく。
僕が今悲しい顔をしていることに。
僕は崖から海に落ちた。
終
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