飛由ユウヒ#小説

ひゆうゆうひ、と申します。個人では掌編小説を月一で書きながら、名古屋の文芸サークル「ゆ…

飛由ユウヒ#小説

ひゆうゆうひ、と申します。個人では掌編小説を月一で書きながら、名古屋の文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて鋭意執筆中。 ▼▽情報はこちらから▽▼ https://potofu.me/yuuhi-sink

マガジン

  • 干支せとら(掌編小説集)

    干支に登場する動物をテーマに描く掌編小説集

  • ウィークエンド・シトロン(掌編小説集)

    《連作掌編小説》茶坂と北春はいわゆるブラック企業に勤めている。唯一生き残った同期として日々お互いに励まし合い、これからも戦う。すべての社会人に贈る、心がほんのすこしだけ軽くなる物語。

最近の記事

  • 固定された記事

【短編小説】この夜はどこへ向かうのか/飛由ユウヒ

 灰高つばめが体調不良を理由に休みはじめてから一週間が経った。  それはもともと、年末年始に与えられる正当な休みだったけど、サボってると感じてしまうのは、この職場に黒く染められてしまったからだろう。彼女が残した仕事は、当然、先輩であるオレに回ってくる。悪態のひとつやふたつ、ぶつけても罰は当たらないような気がしたが、最初からそんな元気はない。目の前の仕事に手一杯だった。  今日は一月の五日らしい。連休が終わったことを、オレは仮眠室で知った。寝返りを打つだけで体が壁に当たるこ

    • 【掌編小説】妻が脱皮した。/飛由ユウヒ

       妻が脱皮した。多くの自動車整備士が夏場、つなぎのファスナーをへその位置まで下ろすように、彼女もまた半透明の薄皮を脱ごうとしていた。  日差しを遮ったリビングで、彼女は裸だった。営業先から家までの距離が近く、たまたま忘れ物を取りに帰った俺を大きく開いた目で見た後、すっと力を無くし、次の瞬間には瞼を閉じた。ごめんね、と妻は言った。 「三十になる前に、脱皮しないとだめなの」  言葉が頭に入ってこなかった。彼女の足元にある物体に、つい目が行ってしまう。表面は乾燥した湯葉に似て

      • 【掌編小説】脱輪/飛由ユウヒ

         気になる女性がいる。顔はよく知らない。  彼女は毎朝、同じ時刻の同じ車両にいる。そして、自分と同じ駅で降りる。  引っ越してから随分経つが、どうやら彼女の後ろをいつも歩いていたらしい。薄手のパーカーと束ねた後ろ髪が目に留まり、この恰好の人、よく見かけるな、と思った。それから彼女を目にする頻度が増えた。仲間が出来たような感覚だった。  毎日同じ服装をしているということは、職場から支給されているか、私服を制服化しているということだ。仮に支給されているのならば、通勤中くらい同僚の

        • 【考察】映画「君たちはどう生きるか」を、僕はこう解釈した【ジブリ】

           宮崎駿監督にとって10年ぶりの長編監督作品である「君たちはどう生きるか」。映画公開まで、キービジュアル以外の情報を徹底的に隠してきたに本作について、僕が感じたことを気の赴くままに書いていこうと思います。  まずは簡単にあらすじの振り返りから。  母親を火事で亡くした少年眞人は、新しい母親である夏子が待つ「青鷺屋敷」へと引っ越しをする。そこに待ち受けていたのは、言葉をしゃべるアオサギと不思議な世界。眞人はその中で、創造主である大伯父と出会い、生き方を決めていく——。  キ

        • 固定された記事

        【短編小説】この夜はどこへ向かうのか/飛由ユウヒ

        マガジン

        • 干支せとら(掌編小説集)
          4本
        • ウィークエンド・シトロン(掌編小説集)
          5本

        記事

          【大成功】文フリ東京36の舞台裏!

          こうして自分の声をnoteに載せるのははじめてになります。改めまして、飛由ユウヒと申します! 普段は名古屋を拠点に、文学サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて年に一冊、合同誌「DITTO MAKER」の作成に尽力しております! そんなぼくが、サークルとしてではなく、個人で、2023年5月21日(日)の文学フリマ東京に出店してきました! 話をしたいことがたくさんありすぎてうまくまとめられる自信がありませんが、頑張ってみようと思います! 1.参加を決めたきっかけ  そもそ

          【大成功】文フリ東京36の舞台裏!

          【掌編小説】うつろな虎視/飛由ユウヒ

          『こちらは、防災山尾高です。ただいま、南沢こども動物園から、虎が一匹、脱走したとの報告を受けました。これから読み上げます、ご住所にお住いのかたは、大変危険ですので、外出をお控えていただくよう、ご協力お願いします。八城地区、青台地区、鳩場地区、米井地区。ただいま申し上げた地区にお住いのかたは、外出をお控えていただくよう、ご協力お願いします。繰り返し、申し上げます。こちら、防災山尾高です。ただいま、南沢こども動物園から——』  寝ぼけた空に、防災無線が鳴り響く。緊張とはほど遠い

          ¥100

          【掌編小説】うつろな虎視/飛由ユウヒ

          ¥100

          【掌編小説】とべないわたし/飛由ユウヒ

          「ねぇ。年始にさ、旅行にでも行かない?」  連日の妄想で貯まった勇気を糧に尋ねてみる。二度温められた生姜焼きを無表情で頬張る彼は、仕事で疲れているのかあまり元気がない。せっかく作ったんだから、嘘でもおいしそうに食べてほしいと思いながらも、彼よりもちょっぴり大人なわたしは冷静に、いかにも素敵な提案をしている風を装ってみせた。 「付き合って半年経つし、お互い四日まで休みでしょ? それにこれ見て」

          ¥100

          【掌編小説】とべないわたし/飛由ユウヒ

          ¥100

          【掌編小説】平行線の間に犬/飛由ユウヒ

          「孝太郎に任せて良かったよ。いつも気怠そうにしてるけど、案外責任感あるのね。それじゃあリクをよろしく」  最近になって下の名前で呼びはじめた安藤さんが、顔の横で小さく手を振る。夕焼けを吸った彼女の髪は穏やかにきらめいていて、おれの気持ちを静かにあおる。それはあまり良くないことだと無意識に感じながら、姿が完全に見えなくなるまで見送った。手の中にある、擦れた朱色のリードを握り締めると、律儀に座るボーダーコリーと目が合う。その丸い瞳は、飼い主としばらく会えないことを案じているのか

          ¥100

          【掌編小説】平行線の間に犬/飛由ユウヒ

          ¥100

          掌編小説「レモンケーキと忘却」

           数年ぶりにお菓子を作った。レモンケーキだ。  バレンタインデーが近いということもあったが、なによりも家事をするだけの日々に退屈を感じていた。手軽な非日常体験が欲しかった。 「わたしにしては上手に出来たと思わない?」  晩御飯を囲みながら、七森は携帯の画面を見せつける。インスタグラムに投稿した写真には既にいくつかの〝いいね〟が付いていた。向かいに座る茶坂が「え、俺の分残ってないの?」と口にし、実物を見せれば良かったことに気付く。冷蔵庫から持ってくると、晩御飯の途中にも関わらず

          掌編小説「レモンケーキと忘却」

          掌編小説「無観客をゆけ」

          「姉ちゃん。仕事なら自分の部屋でやってくれよ」  え、と振り返る。箱根駅伝の実況が熱を帯び、うまく聞き取ることができない。  弟の手には年賀状の束があった。「わたしのある?」と手を伸ばす。年末にかけて激化した残業のせいで一枚も出せていなかったが、それでも気になってしまう。 「帰省してまで仕事するとか頭おかしい」  渡されると同時に、愚痴を聞かされる。北春は口をへの字に結び、うるさいな、と年賀状を奪い取った。一枚ずつ手早くめくっていく。宛名に自分の名前がないことがわかると、北春

          掌編小説「無観客をゆけ」

          掌編小説「可能性のバトン」

           まるで世界の終わりそのもののような夕陽が、ブラインドの隙間から差し込む。誰かが号令を掛けた訳でもなく、背筋を伸ばす人、コーヒーのおかわりを用意する人、夕食を買いに行く人が現れ、一日の長さが上書きされる。入社してもうじき三年が経つ。この光景になにも感じなくなってしまった自分が嫌になる。  マウスから手を離すと、汗が滲んでいた。モニターの端に写し出される時計を一瞥し、神経を研ぎ澄ませつつ、茶坂はひっそりとデスクを片付け始める。  資料を鞄にしまっていると、ふと営業先の進捗が気

          掌編小説「可能性のバトン」

          掌編小説「風任せになっていく」

           七森こずえは洗濯機に呼ばれるまで、グラスの中に答えを探していた。〝朝〟と〝昼〟の箇所が空いたピルケース。喉を通過して以降、どこに溶けていったのかわからない。  おろしたてのワイシャツがバスタオルと絡み合っている。引っ張り出そうとするも、冷たくなった衣服の重みでやる気にブレーキが掛かる。ランドリーバッグを引きずりながらベランダに繋がる戸を開ける。風がカーテンを蹴り上げる。  難しい名前の病が身体に居着いてから半年が経つ。  当然のように、普通の人生を送るものだと思っていた。劇

          掌編小説「風任せになっていく」

          掌編小説「拝啓、名も無き仕事たちよ」

           わたしの職場は最高だ。抱かれたくもない男に飲まされたウォッカくらいに。  シュレッダーに吸い込まれていく雑紙を眺めながら、北春はそんなことを考えていた。  頼まれた紙は段ボール一箱分に上る。指先の感覚で八枚ほどめくり、そこからさらに二枚を加え、挿入口へと押し込む。するとモーターの駆動音はわかりやすく元気を失くし、半ばで力尽きた。北春はため息をつく。  上司はこの業務を何分で終わる計算でいたのだろうか。そもそもこの仕事は業務時間には含まれているのだろうか。あるいは、嫌がらせで

          掌編小説「拝啓、名も無き仕事たちよ」

          掌編小説『銭と絆創膏』

           目の前の背中になにを思うでもなく、社会の対流に身を任せていたはずだった。  頭が真っ白になる。茶坂は行く手を阻まれ、えっ、と声を漏らした。赤い警告音。人混みから飛び出る舌打ち。手に持った定期券。寝ぼけた意識がすこしずつ戻り、そうだ、更新してなかったんだ、と思い出す。  体を小さく丸めながら、へこへこと改札を抜け出る。まるで不良品にでもなったような気分だった。  窓口から小綺麗なスーツの行列が伸びていて、茶坂もそこに並ぶ。財布の中身を確認すると、欲しい分だけの金額が用意されて

          掌編小説『銭と絆創膏』

          【掌編小説】瀬戸際の女/飛由ユウヒ

           生活感はない。が、この部屋にはあの男とグラニュー糖を混ぜ合わせたような匂いがする。  わたしは音を立てないようにゆっくりとドアノブを定位置に戻した。耳を澄ますと上の住人だろうか、子どもが走り回っているような、はしゃいだ音が聞こえた。靴を脱いで靴下になり、短い廊下を抜けて広間に出る。ふたりで使うには十分な大きさのテーブルが中央にあり、椅子との間隔は絶妙で、60インチほどの液晶テレビをよく眺めることができた。わたしはそこに女の従順さを感じ、さぞかし彼にとってかわいい女なんだろう

          【掌編小説】瀬戸際の女/飛由ユウヒ