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月夜のカヌーを歩道橋の上から見つめて

 作詞家・岡本おさみさんがシンガーソングライターの吉田拓郎さんと作った名曲は数えきれない。もはや改めて取り上げるまでもない「落陽」「襟裳岬」「旅の宿」といった名曲たちはもちろん、アルバム『アジアの片隅で』の後に長らく期間が空いた後、『感度良好 波高し』から晩年に至るまで、数えきれないほどの作品を共に手がけてきた。

 岡本さんの詩は作詞家の詩の中でも特に私小説的な要素が色濃く、だからこそ、慣例にとらわれない拓郎さんの楽曲はそれを容易く受け入れられたのだろう。「落陽」「襟裳岬」の歌い出しはわかりやすい例だが、目の前に楽曲の揺るぎない世界を提示し、ひとつの映像作品を見ているかのような、あるいはその人物の視点で見つめているかのような詩情で聴衆を惹きつけていく。

 これは拓郎さんが一般的にイメージされるフォークソングのような楽曲ではなく、ロックンロール、オールディーズ、リズム・アンド・ブルース、レゲエ、電子音楽など、この世界に広がるありとあらゆる音楽を自身の中に取り込み、しっかりと内面的に昇華したうえで作品として出力する稀有な才能を持った音楽家だったからに他ならないが、やはり、常識にとらわれない二人だったからこそ、数十年にわたって作品を描き続け、一度は離れても再び共作を始めずにはいられなかったのだと思う。

 16歳の春に拓郎さんの作品に出逢ってから、岡本おさみさんという作詞家を知り、好きな作品や一時的にハマった作品もいくつかある。「リンゴ」は2002年の再録版でその詩の奥行きの深さに気付き、ずっと聴いていたし、やはり「落陽」は他のファンと同じようにのめり込んでいった。

 ただ、いつかお話したように、ここ数年のわたしは90年代以降の吉田拓郎さんが好きで、特に社会人になってからアルバム『吉田町の唄』や『Long Time No See』を熟聴し、より拓郎さんの魅力を噛み締めるようになった。高校生や大学生の頃にも感じていたが、拓郎さんの歌声は人の心にそっと寄り添うんだ。

 悲しくてやりきれない時、つらくて逃げ出したくなった時、「頑張れ!」「負けるな!」と言わなくたって、そこに歌声があるだけで「頑張れない時は頑張らなくてもいいから、また明日からしっかりやろうじゃないか」という気持ちになる。

 拓郎さん自身が作詞した楽曲や他の方が作詞された楽曲もそうなのだが、岡本さんと90年代以降につくった作品の多くは、以前より平易な言葉や描写を使いつつも、非常に洗練された詩情が表出され、特にその魅力が素直に味わえる。岡本さんとタッグを組む時はバンドにこだわることが多いから、どんなに時が流れても色褪せないし、むしろ味が生まれて、染み込みやすい。

 結果的に最後のタッグとなった『歩道橋の上で』は拓郎さんの病もあって完全体としては完成させられなかったが、60代を越えたふたりの円熟と青春の証が堪能できる。

 そして、オリジナルアルバムとしては最後の共作となった『月夜のカヌー』も、ぜひ聴いてほしい。当時の大ヒット曲「世界に一つだけの花」を意識したような「花の店」が冒頭で目立つが、「聖なる場所に祝福を」「星降る夜の旅人は」「白いレースの日傘」など、シンプルで印象的な楽曲たちが顔を揃えている。コンサートでは瀬尾一三さんの率いるビッグバンドと切磋琢磨していく中で、あえてシンプルなバンドにこだわって岡本さんの詩と対峙した作品だ。

 何度も何度も聴き返し、その都度、新たな顔に気づく。

 感動という言葉を容易く使いたくはないが、細やかな発見と向き合いながら、あらためて作家としてのふたりの凄みを知る。一生、味わい尽くせなくたって、ただ、そこで感じられるだけで倖せである。

 あらためて、日本には偉大なふたりの音楽家がいた。歴史として流させず、きちんと語り継いでいけたら。

 2024.9.3
 坂岡 優

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