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“混ざり合う”地域は最強

江戸時代の建物の中に、明治、大正、昭和の建物が紛れている。あるのだと言われなければ、気づかないほど、それは馴染んでいた。

同時通訳者、田中慶子さんのオフ会と称し倉敷美観地区を訪れた。音声配信で「いつかリスナーの皆さんと行ってみたい」と話されていたのを間に受けて、大原美術館へお誘いしたのだ。1泊2日のオフ会初日。
まずは、建築士の方にお話を伺いながら、建物めぐり。その中で、倉敷の町のたおやかさを知ったのだ。これほどまでに各年代の建物が混ざり合う街を、私は知らない。


古いものには古いものの、そして近代建築には近代建築の想いをうかがう。なぜ、こんなにも街並みが守られて来たのか。
江戸のものを壊す動きがあってもおかしくなかった。さらに現代では、近代建築が壊されることもあると思う。実際に大阪でレトロな近代建築が壊されるニュースを覚えている。

夜、大原美術館の大原あかね理事にお話をしていただくと、けして波風が立たなかったわけではないと知る。倉敷でも、水路を埋め立てる案やどこかの建物を壊して駐車場にする案が出たことがあるそうだ。けれどその度に、地域住民の街を守ろうとする動きがあった。なぜそんなに地元への愛着が強かったんだろうか。

どうやら成り立ちそのものにその理由がありそうだ。地震や大雨、空襲をのがれ、壊れなかったことも大きかっただろう。
長い時を経て、江戸時代の建物を残しつつ、紛れるように近代の建物が作られ、少しずつ今の倉敷美観地区ができていく。住民は商売をしながら、古いものを大事にしつつ新しいものを受け入れる感覚を暮らしながら養っていったのではないか。
大原美術館を作った大原氏の歴代当主は開発の際に出土した物を保護する一方で、若手の芸術家が活躍できるようにサポートする。まさに古いものを大事にしながら、新しいものを受け入れる姿がそこにある。



倉敷の街並みは、現代の住宅が見える中に、近代建築の市立美術館がそびえたつ、混ざり合う地域だ。感覚的に古いもの、新しいものを双方受け入れることができる地域なんだとしたら、最強だ。
0か100か。古い概念を壊して新しい概念に塗り替える。そんなふうに考えている人にはない、包容力を感じる。
ここに住む子どもたちはこの景色を当たり前のものとして生きているのか。なんて羨ましい。正直にそう思った。

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