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「また、忘れた」が多い人の忘れ物を無くすコツ

「あれ?なんでないんだ?」

記憶を探ると、玄関に置いてきたことを思い出す。全く思い出せないこともある。

忘れ物が多く、宿題をしていかない子ども

私は子どもの頃から忘れ物が多く、宿題もしていかない子どもだった。反省していないわけではない。学年が上がるにつれて、忘れ物も、宿題も滅多に忘れなくなった。社会人になり、仕事では忘れものはしないのに、プライベートではよく忘れ物をした。

そう、気をつけていただけで、本質の「忘れ物をしがち」なところは大人になっても、変わっていなかったのだ。

心地の悪い片道30分

「仕事の日は忘れ物しないし」と過信し、直そうとすることもなかった。
そしてその日は、きた。仕事の日に忘れ物をした。
カバンを替えた時、財布を忘れて駅まで行ってしまったのだ。
家まで帰っていたら仕事に遅れる。美容部員は取引先に直行直帰だ。
遅れると言うのは、すなわち取引先に遅れるということだ。会社に遅れる、よりもさらにタチが悪い。なんとか、遅刻をせずに行きたい。
目の前には、キオスク。
「何度もだまされたことがあるのよ。だから貸さないことにしているの」と言うキオスクの方。
事情を話した後、すがるような目をしていたのだろう私に、お金を貸してくれた。

お金を出しながら、苦しい顔をしたキオスクの方は、今思うと私と同じぐらいか少し上だったと思う。現役の学生がいるような主婦がお金を数千円でも貸すことがどんなに大変なことか、今ならよくわかる。
当時の私のお給料も手取りで11万円程度だ。ありがたかった。
同時に、その日の片道30分ほどの電車の揺れが心地悪かったのを今でも覚えている。

カバンを替えた時はキケンだと、自分でも認識があった。にもかかわらず迷惑をかけてしまった。
そんな思いで溺れそうになっていた。
その人が出勤していると言った日、早く返しに行かねばならないのに、なかなか家を出られない。正午までしかいないと言っていた。

家を出たのは11:20だった。駅までは自転車で10分の距離。走ってキオスクまで行くと、全く違う人が立っている。どう声をかければいいんだろう。声が出ない。

ほんの数秒だったのかもしれない。手に何かを持って奥から出てきたその人は、まさしくお金を貸してくれたその人だ。私の姿を見て、「あ」と驚いた顔をした。

「もう来ないと思ってたのよ」

眉を下げながら口角だけ上げるその人を見て、また言葉が出ない。うだうだと家で過ごした時間、どれだけこの人を失望させていただろうか。

「すみません。ありがとうございます。本当に助かりました。仕事に間に合いました」

異様な早口だったはずだ。私のことなど目に入れたくないんじゃないか、そう思うと早く姿を隠したかった。
言い切ってしまい、その人と、一緒に働く人にお辞儀をして、キオスクから離れた。
かなり失礼な態度だ。もっと早く家を出て、お菓子の一つも持ってお礼を言うべきだったと思う。
自分の感情を優先して、相手の気持ちをおもんぱかることもできない幼い大人だった。

忘れ物をする自分を前提にする

あの時、「忘れ物」は自分だけが恥ずかしく、マイナスになるのではなく、人に迷惑をかけることになりかねない、とようやく理解したのだ。
そこから私は、忘れ物をしないようにしてきた習慣にプラスの習慣をつけた。
自分は忘れ物をするのだ、とわかっていた。
わかった上でやることをやれば、「また、忘れた」と言う機会が確実に減った。
今日書くのはその方法だ。

コツは3つ

・入れる

・決める

・書き出す

入れる

1つ目のコツは「入れる」ちゃんとした表現をすると「入れっぱなし」にする。

この方法が好きじゃない人がいるのはわかっている。「カバンが傷む」「財布は休ませる方がいいという説がある」などの理由でカバンから物を出したい、と聞く。そんな人はこの方法は無視すればいい。
ただ、私のように「忘れる」人間にとって最低限のものはどこかに入っているのが“1箇所にある”のが最も確実だった。むしろ、カバンを移動して寝室に持っていき、アラームすらカバンの中で大音量で鳴る。

どうやら忘れそうだ、と思うものではいるものは、前日からカバンに入れてしまう。まるでランドセルと小学生のようだ。確かに忘れ物は減る。「生きる力」をつける義務教育。「準備をする」習慣をつけてくれていたのだと理解している。

決める

コツ2つ目は、「決める」これは、物を置く“定位置”を決めるである。それも、できれば“動線”で、無理のない場所に。わかっていても、違う部屋に取りにいかなければならない場合、「これをしたら取りに行こう」と思っている間に別のところに意識がいって忘れてしまう。

たとえ忘れてしまっていても、動線上にあると、意識しやすい。自分で思い出すトリガーを作っておくのだ。

また、動線上でなかったとしても、定位置があれば、さっと取り出せるので、時間もかからず、後回しになる可能性も低くなる。

確率論を出すと他人事のような文面になるが、もちろん自分ごとである。自分が忘れるのを前提に考えているから、「思い出す」きっかけがいるし、「忘れにくい」仕組みがいるのだ。そこは、過信する自分を客観的に見て、確率を考える必要があるのだ。

書き出す

最後のコツは、私がキオスクの方に苦しい顔をさせてしまったことで始めたことだ。正直言うと、あれ以来入れっぱなしにしているので、財布は忘れたことがない。カバンを替える時も、旗艦となるトートバッグから、「財布」「鍵」「スマホ」が小さいバッグに入り、「ハンカチ」が足される。

または丸ごと全て入れる。「財布」「鍵」「スマホ」に「ほぼ日のおおきいひきだしポーチ」と「クリアファイル類」「読んでいる本」これで全部だ。

ただ、普段とは違うものが必要になりそうな日がある。例えば野外のイベントの時。
そんな時は、必ず書き出すようにしている。

・水筒
・タオル
・色画用紙
・マジック

どんなものが必要だろうか、と当日の朝からの行動を考える。
暑いから、水分とタオルは絶対いるな。
雨の場合はカッパを入れよう。
当日簡易な看板やPOPを書くかもしれないから、カラー画用紙とマジックを持って行っておこう。
こんな風に。


大きなイベントになれば、自分自身も気になっているので、概要がわかった時、1ヶ月前、2週間前、と事あるごとに書き出す。
発注の必要なものがあれば早めに動く必要があるからだ。
そうして準備がある程度できていても、当日持っていくものを忘れるかもしれない。
頭で思っているだけでは、当日の朝、ごっそり忘れている可能性もある。

書き出すことで、必要なものが揃っている安心感を得ながら眠る。眠りに入る瞬間に「あれもいる」と思った時には、携帯のメモ帳に入れる。必要なと思うものを書き出して頭がクリアになると、見えていなかったことが見えてきて、別のものを思い出したり、アイデアが浮かぶ、と言うのはよくあることだ。私の手帳は「持ち物」や「TODO」を書き出した直後に別の持ち物や、イベントでのアイデアなどが続いている。

振り返る習慣と未来を作る習慣

宿題を忘れたのに、次の日も忘れる子ども。それが私だった。けしてどうでもいいと思っていたわけではない。今4人の子供を育てていて、下の2人は圧倒的に忘れ物も宿題をしていかないことも多かった。(4年生の4人目は未だ現在進行形である)子ども達を育てていて、自分の子どもの頃を思い出す。私は毎日自分を「振り返る習慣」がなかったのだ。

毎日「せんせい、あのね」と日記の宿題があったのに、振り返る習慣がなかったのはどうしたことだろう。誰も私に「今日はどうだった?」と聞く人はいないし、「今日こうだったよ」と話す人はいなかった。まさに「今」を生きる状態だった。だから、毎日の日記の宿題も「こんなことがあった」なんて内容がなかったんじゃないだろうか。当時のノートはないし、私も覚えていないが。

1日どうして過ごしたか、何をしなければいけないと言われたか、を振り返れるようになったのは、小学4年生になってからだったように思う。

長男と長女は私が専業主婦時代に小学校低学年を迎えている。毎日「宿題は何?」とチェックし宿題をするのを横で見ていた。次女と次男は「学童」で勉強時間があり、宿題をして帰ってきていた。そこでチェックが甘くなった。次女も次男も学習習慣がつかないまま大きくなっていく。

今、私は下の子達に上の子達にしたように「1日を振り返る習慣」と「未来を作る習慣」をつけようと声かけをしている。

「今日はどんなことしてたの?」と聞く。私が全く知らない「ゲーム」の用語が出てきて気が遠くなるけれど。

そして、つい「持っていくものは用意した?」と聞いてしまうこともあるが、なるべく、「明日って何するの?」と聞く。何をするか想像すれば、何が必要がわかるからだ。

最後にもう一度コツをまとめると、コツは3つ。

・入れる

・決める

・書き出す

これだけで、ほとんどの忘れ物が防げる。

こぢんまりサロンでは、細々とした「忘れてはいけないこと」が日々存在する。忘れがちだ、と自覚している人は、3つのコツを使って、ミスをなくそう。完全には無理でも、ゼロに近づける努力はいくらしてもしすぎることはない。もともと「忘れる」人なのだから。

10月からの開業サポート講座では、忘れ物がないように準備をしっかり行います。

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