連載《教え子05~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》
春期講習、二日目。
彼女に答案用紙を返さなければならない日。
答案用紙に書かれた、
「先生の下の名前、丈でしょ? (^o^)/」
に対し、俺は、
「そうだよ、彩子ちゃん」
と、赤ペンで書いてしまった。
小テストであっても、答案用紙は、俺は、一人ひとりに返して回ることに重点を置いている。
何故なら、たとえ小テストとは言え、全員でなくても彼らなりに真摯に向き合っているから、こちらも丁寧に採点して丁寧に返すんだというのが俺の信念。
彼女の番になった。
彼女と目が合った。
彼女だけいい香りがした。
背が高いので少し猫背気味に座っている。
今まで気がつかなかったが、細く長い指に細く長い爪が乗っていた。爪の色は桜色だった。
彼女は俺への好奇心とテストの結果に対する関心を含ませた表情で俺を見た。
ああ、なんとウルウルしてキラキラしているのか。
その魔力に押されて俺はつい目を伏せた。
しかし、やっぱり彼女を捉えたくて目を上げ、
「頑張ったな」
と、つい言葉が出てしまった。
それを聞いた彼女は、顔をクシャッとして、でも、顔は俺の方を見つめ続けていた。
答案用紙を配り終えた。この後は小テストの総括である。
満点が何人いたか、
平均点は何点だったか、
大幅に点数を上げた生徒は誰だったか、
右肩上がりに成績を残している生徒は誰なのか、
など、一通り総括する。
そして、間違いの多かった問題はどれだったか、どう考えれば答えにたどり着くかを板書させたノートを広げさせて、振り返る。
ただ、話を半分も聞いていない生徒もいれば、事細かにメモを取る生徒もいるのが現実。
そこで最後に、生徒に質問をさせる。実はこれがミソなのである。
「僕(あるいは私)は、この問題は何番だと思っていました」と発言するだけで十分である。
これはその生徒の頭をリセットできるし、
「実は、僕(あるいは私)もそう思っていた」と感じて発言すると、その問題の理解が深まるので、次に類題が出ても間違わないものなのだ。
しかし、そのどれにも当てはまらない生徒がいた。彼女である。俺の赤ペンのコメントと俺のほうを行ったり来たり。顔はほんのり桜色になっていた。
総括の中で俺は、初日にも関わらず満点を取った生徒たちを褒めた。もちろん、その中に彼女はいた。彼女はまた顔をクシャッとさせてはにかんだ。とても嬉しそうな彼女を俺はまた見ることが出来た。
授業が終わって休み時間になると、講師は職員室へ帰る。生徒の中には講師に特段用事が無いのに遊びに来る者がいる。
俺が職員室に戻ると、
「沢崎先生!」
と、元気な声が。
振り向くと、そこには、あの玉城彩子がニコニコして立っていた。
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