連載《教え子11~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》
電車に乗り込むと車内は疎らに乗客がいた。
シートも疎らに所々一人分、二人分空いていて、座ろうと思えば座れた。
ただ、座るとすれば少々窮屈そうな印象を受けた。
窮屈。
ということは、肩の触れ合う距離。
プラットフォームのベンチで電車を待っていた時は、お互い適度な距離感を保っていたわけだから、一気に距離が縮むことで想定外のことが起きてしまわないか、俺は一瞬たじろいだ。
後ろのドアが閉まった。
動き出す。
どうするんだ、俺。
口説いて落としたい女なら迷わず、
「あ、空いてる、ラッキー」
などと言ってズカズカと手を引いて座っちゃうはずなのだが、今度ばかりは相手が違う。
互いに意識はしているものの、先生と生徒の関係だ。
それに彼女は中学生だし、この辺は誰の目が光っているか知れたものではない。
翌日になって、どっかの保護者から、
「昨日、先生をお見かけしたんですけれど、あんまり仲良さそうだったので声をかけずにいましたのよ、ホホホ」
なんて言われてみろ、俺の社会的地位は奈落の底だ。
ここは無難にドア付近に立って二駅我慢すべきだ。
そうだよな、俺。
「二駅だか、ら、、、」
と、言いつつ彼女をちらと見た。
彼女は俯き加減でバックパックを背負っていた。
その姿がとても悲しそうだった。
なんでだろう。
俺の考えていることを彼女は全て知り尽くして、
「アタシのせいで先生は席に座ろうとしていないんだ」
と思っている、かもしれない。
そう思った時、俺はガツンと頭から鉄杭を打たれた。
俺は一体何を考えていたんだ。
保身しか考えておらず、彼女のことを微塵も慮っていなかったではないか。
“きちんと彼女を家まで送っていく”
その役目を、俺は、自分の妄想で勝手に解釈して、人から自分たちがどう見えるかばかり気にしている。
女々しい男だ、俺って奴は。
レールの車線が変更するポイント通過でガタンと音がして車内が揺れた。
その拍子に彼女が俺の方に一歩寄ってきた。
俺は決めた。
「おっと、危ないから、座ろっか」
え?いいの?という顔を彼女が向けてきた。
だから、かまうもんかという顔で俺は応戦した。
どうやら俺たちは無線信号で会話できる能力を身につけたみたいだ。
できるだけ彼女の座るスペースが広くなるように腰かけた。
彼女はちょっとはにかんだ様子でバックパックを肩から下ろし座ってきた。
なんだろう、この、なんて言うか、不思議な気持ち。
普段、あまり生徒たちに感情移入せずに振る舞ってきたのに、俺にとって生徒は商品というか客だったのに、ついに優しさを出してしまった。
出すのが怖かった。
出してしまったら、先生として公平性を保てるのか、自信がなかったんだ。
やっぱり、公平性は保てなかった。
俺は今彼女に感情移入している。
もっと言えば、彼女のことが気になって気になって仕方ない。
さらに言えば、俺は彼女に恋してる。
「あのさあ、玉城さんは、、、」
と言ったところで、車内にポロロン、ポロロンと音がして、アナウンスが流れた。
「緊急停止します、ご注意ください。緊急停止します、ご注意ください」
ギギギーッと車輪がレールに激しく擦れる音がして、前方に重心がギューッと移った。
電車が止まった。
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