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連載《教え子10~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》

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駅のホームに電磁掲示される次の新宿方面は、三分後に急行が来て六分後に各停が来ることを示していた。
彼女の最寄駅は各停の駅だったから、まだ少し余裕があった。
これで少しは話ができる。
それだのに、自分の気持ちを知られたくないから、
「ちぇ、六分も待つんだって」
と、裏腹な台詞を吐いてしまった。
つい口をついて出た言葉に“へどがでる”ほど嫌気が刺すも、それすら感づかれたくない。だから、
「参っちゃうよな~」
彼女、俺に合わせようとして
「うん、ついてないね」
って残念がった。
それを聞いて、ちらっと目の隅で彼女をとらえた。
彼女の眼には、俺にそんな風に言われて傷付き、それでも、俺のことを気遣って、俺のことを慮って、俺を立てようとして、自分のショックをおくびにも出すまいと、懸命に絞り出した疲れがありありと見て取れた。
ホトホト自己嫌悪。。。
俺ってホント、バカ。大馬鹿野郎だ。

俺のせいで、会話が途絶えていた。
どうしようかと考えあぐねて気がついた。
ホームには俺たち以外は誰もいないのだった。
そうか、さっき鳴っていた踏切はこっち側の電車が通るときのものだったんだ。
今、ここには、俺と彼女の二人だけ。
塾から歩いて数分の、歩けば生徒たちに当たるこの街の、駅のホームに二人だけ。
彼女は俺の脳内で起きている数々のハプニングを全て把握しているかのように、俺との距離を少しだけ置いていた。
会話が途切れている。
ベンチが目に止まった。
「あそこで座ってよっか」
「うん」
よっこいしょ、と座ったはいいが、このぎこちない空気、何とかしてくれ。
何か喋んなきゃ。。。
ベンチからは反対方面の向かい側がよく見えた。
呑んだくれたじいさんと東南アジア系の若い女性の二人連れ、それから、スマホを固く握り右の人差し指で画面を行ったり来たりさせている大学生風の男子がいた。
御多分に洩れずこの辺でもここ数年でよく見かけるようになった人種だった。
でも、いずれも俺たち二人の存在には露ほども感じている様子は見られなかった。
「さっき、うれしいって、、、あれ」
「あ、うん」
「先生さあ、つうか、俺もうれしかった」
「え?」
彼女が顎を上げてこちらを見、目をウルウルさせた。
顎を上げんな、ウルウルさせんな、クイってしたくなるだろが。。。
0.001秒、目が合った。
ほんの一瞬のことだったが、互いの気持ちを確かめるには十分な時間だった。
「君みたいに一生懸命俺の授業についてきてくれると、やりがいがあるんだよな」
「ええ?そっち?」
「ええ?」ドギマギした。なんて中学生だ。
「いやいや、だって、そうだろ?俺と君は・・・」
「へえ、そういうこと」
「いやいや、だってさあ」
言い訳をしようとすると、駅構内に急行が通過するから気を付けるよう女性の声でアナウンスが鳴り響き、そのあとその女性の声が今度は英語で同じような内容のことを叫んだ。
うるさいんだよ、英語でも言うな。
程なくして轟音が聞こえ十両編成の急行が閉じたホーム柵を隔てて五秒くらいで通り過ぎた。
俺も彼女もそれをただぼーっと見ていた。
いよいよ、各駅停車の電車が来るまであと三分となった。
俺は、呑んだくれたじいさんの叫び声を尻目に、三分で何ができるか逆算した。
自分で言うのも変だが、とても素早い機転の利かせ方だった。
ぶわあっと、色んな行動のシミュレーションが脱兎の如く浮かんでは消え消えては浮かんでいった。
それから、電車に乗っている間どうするのか、
もし空いている席が一人分だけだったら?
彼女を座らせたほうが良いのか、二人して立ったままが良いのか、
駅に着いたら俺も降りたほうが良いのか、そりゃそうでしょ、
じゃ、降りて自宅まで送り届けたほうが良いのか、うん、まあね、
もしそうだとして、親御さんにお会いして軽く挨拶していったほうが良いのか、
ええ?、だって、俺たち、まだ付き合ってないんだぜ、挨拶なんて出来っかよ、
バカ言え、今日は塾の先生としてお役目を果たしてるんだ、勘違いすんな、
そんなことをランダムに上書きしていった。
だから、各駅停車の電車が来るアナウンスが流れるまで俺は彼女と何も会話をしていなかった。
やべえ、来ちまう。
ふ、と、彼女を見た。
彼女は俺の視線に気付いてニコニコしてきた。
電車の音が近づいた。
よし、と、俺は彼女に言って腰を浮かせた。
そのあと、俺は、自分で信じられないことをした。彼女に手を差し出して、“お嬢様、こちらへ”的な仕草をしていたのである。
彼女は、また、クシャッと笑みを崩した。
とってもうれしそうだった。
俺の差し出した手に右手を重ね、ピョンと立ち上がった。
「先生、ありがとう」
「どういたしまして」なんだ、俺。

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