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あの日に帰りたい②「リハビリ病院」
春には一緒に住もうと約束していた彼が、林業の仕事中に事故をした。下半身付随となった彼はコロナ禍の中、リハビリ病院に入院し毎日リハビリに励んでいる。
「僕が今、笑えているのは彼女のお陰です」
彼はリハビリの先生に私の事をそんな風に話しているそうだ。車椅子を触った事も無い私は、私も私の出来る事をしようと思い、週一回介護の学校に通い始めた。
ネイルサロンで働いていた私は仕事を休職し、彼の家を探したり、介護の勉強に励んだ。学校は知らない事ばかりで新鮮で、久しぶりの学校生活は予想以上に楽しく、介護の仕事をしてみるのも良いかもしれないと思った。
「今日は何処行くん?男と喋ったらあかんぞ。早く病院にお菓子買って会いにきて」
彼とは、毎日のようにテレビ電話をしている。「今日は、しんどいからゆっくりさせて。疲れてるねん」
私は、彼が事故してから悪夢ばかり見るようになり眠れなくなった。食欲もなく、体重は3ヶ月で4キロも痩せてしまった。
「せっかく電話してるのに、鬱陶しそうな顔をしないで。もういい、僕は愛されてない。いつかどうせ捨てられる」
彼の事は愛しているはずなのに、最近は彼と電話をする度に胸がえぐられるようで頭が重くなる。
「あんたの為に私がどれだけ動いてると思ってるん?もう電話、切るで」
電話を切って私はタバコに火を付けた。逃げたい。色んな事から、もう逃げ出してしまえたらいいのに。
「ゆな、久しぶり。家は見つかった?私のお店を出してくれた木下さんって人、良かったら紹介するよ、連絡してみて。また遊ぼう」
昔、よく一緒に聖地巡りをしていたお友達から電話が掛かってきた。私と彼の事を心配してくれているようだ。
私は、すぐに木下という男に電話をしてみた。木下さんは、土地を沢山持っている紳士的なおじさんで次の日には直ぐに物件を何件か紹介してくれた。その中に彼の病院からも近くて、気に入った土地が見つかった。そこに家を建てる方向で話しが進んだ。彼の両親も木下さんの人柄を気に入ってくれて、停滞していた何かが一気に流れ出した。
「彼は、畑がしたいからやらせてあげたい。諦めんといてほしい。畑が出来る庭を作ってあげたい」
私は彼の夢を木下さんや彼の両親に伝え続けた。
でも、私はどうしたいのだろう?彼と居て、私は何をしていくのだろう?やりたかった文章を書くという事も最近は全然集中出来なくなり、書けなくなった。頭が真っ白になり、言葉が何も出て来ない。頭が重い。何を書けば良いのか分からない。それでも、私はやっぱり何かを書きたいと思う気持ちを捨てられない。もう一度やってみようか。彼との日々をもう一度、積み重ねながら。