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いつか迎える死のための(20)-音楽の友5月号、ウィーンフィルの楽団長フロシャウアー氏へのインンタビューにて-

4月21日(火)晴れのち曇り。風はないが気温は昨日よりは低い気がするがとても穏やか。夕方から曇りがちになる。夜は雨が降りそう。春の落ち着きのある一日だった。

昨日発売されたクラシック音楽の老舗雑誌『音楽の友』5月号にインタビュー記事を寄稿した。ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の楽団長であるダニエル・フロシャウアー氏の独占インタビュー記事。今当然のことながら、オーストリアのウィーンもコンサートなどが全くできない状況であり、また日本よりも厳密なロックダウン政策がとられている。3月11日にロックダウンとなった直後に、フロシャウアー氏にお話を伺うことができた。

記念すべきベートーベン生誕250周年記念の今年、世界中でベートーベンの作品が予定されている。ウィーンフィル は2年前から準備を重ねてきた今年の目玉公演として、ベートーベンの交響曲9曲を4日で連続演奏するヨーロッパツアーを2月から行なっていた。フランス・パリのシャンゼリゼ劇場を皮切りに、ハンブルグ、ミュンヘンと続いていた最中、ドイツが集団回避措置をとることになり、ツアーを半ばにして帰国している。そしてオーストリアでも、コンサートやオペラの全てが中止となり、楽団員も自宅待機となっているのが現状だ。

そのような中で、フロシャウアー氏からウィーンフィル のチェアマンとして、また一人のヴァイオリニストとして、今をどう生きているか、今後をどう見据えているか、詳細な回答をいただくことができた。

この記事に書いていないことで、もうひとつ書き加えかかったことがある。それは、フロシャウアー氏をはじめとしたウィーンフィルの皆さんの、心の持ちようである。

コンサートはもちろん、人に会って一緒にアンサンブルの練習すら叶わない状況の中で、いつもとなんら変わらず、いやそれ以上にある時間を使って、淡々と日々練習を続け、次にコンサートをする際には今よりもっとうまくなっているかもしれないと言う。驚くべき向上心を持っていた。もう私のような怠け者には眩しすぎる姿だ。

ウィーンフィルといえば、世界最高峰のオーケストラというだけでなく、ウィーン国立歌劇場の演奏家である。毎日のようにオペラのピットで演奏をこなしながら、同時に交響曲を演奏するためのオーケストラに入っている。さらには大学で教えたり、アンサンブル演奏のコンサートをしたりと通常考えられない仕事量をこなす演奏家集団である。演奏技術は言うまでもなく、そのモチベーション、健康管理、さらには運営に至るまでこなす業務の多さは、世界一と言われている。まともな休みもない人生を送っているわけだ。

そんな人たちが、この有り余る時間の中で何をしているかといえば、この演奏技術を持ってしても、朝からスケール(音階)練習を淡々とこなし、楽曲をさらって、何時間も何時間も、自分のためだけに演奏をしているのだ。「弾く曲はいくらでもある」と言う。時間がいくらあっても終わらない、とも。その音楽への情熱と持続力は一体どこからくるのかと思う。これは才能なのか?不断の努力によって身に付くものなのか?

ふと、イチローを思い出す。「ぼく、いくらもらってると思います?」イチローはそう自分の努力する姿勢を褒められた時に、そしてなぜそれができるのかと尋ねられた時にそう言った。

ウィーンフィル も確かにそういう側面はあるだろう。ギャラに見合うだけの演奏で答えることは絶対に必要だし、それには練習の積み重ねしかない。しかし、この現状の中での彼らをみていると、音楽への愛情、情熱、興味、またその伝統を守るという責任感が垣間見える。そしてそれらの上で生活の基盤となるギャラのための演奏。決してそれが第一ではない。綺麗事かもしれないが、そういう綺麗事を実直に重ねられる美学があるように思えた。

「弦と弓で音を作るのが本当に楽しいんです」とフロシャウアー氏は語っていた。C・フレッシュとシェフチークを朝から丁寧に何時間も練習をするウィーンフィル の楽団長。「このような状況でもヴァイオリンがあれば大丈夫です、本当ですよ。ただ、そろそろ皆と演奏したいですね。」と。

世界最高峰のクラシック音楽は、当たり前だがこうした毎日の丁寧な積み重ね、それを「歯磨きをするように生活の一部する」という心持ちから生まれているのだ。

今日明日何かを始めて、それがなんとかなってうまくいくなんてことは、ことこの世界に限っては絶対にないのだと思う。これこそが守るべき伝統であり文化であり芸術なのだと。時代に合わせ、時流や求めに応じて少しづつ何かが変容してしまうとしても、そのカーブをどこまで急加速させるのか、いやフロシャウアー氏はなるべくなら革新ではなく守るべき伝統を重視しているように見える、その楽団長としての仕事の中で、音楽家としての有り様を体現しているように思えた。

興味深い。非常に興味をそそられる。何が彼らをそこまで掻き立てるのか。何が心の中にあるのか。知りたい。聞いてみたいと思う。

ウィーン国立歌劇場のアーカイブコンテンツが無料で見られるようになった今、毎日のように彼らの演奏に触れることができる。またウィーンフィルも独自のアーカイブ公開をSNSでシェアしている。それらを楽しんで、またコンサートでウィーンフィルの音楽が聴ける日を心待ちにしている。

そう私がフロシャウアー氏に伝えると、「コンサートホールで会いましょう!!!」と勢いよく答えてくれたのだった。この状況で、先の見えない現実が、一人のヴァイオリニストとして辛くないはずがない。でも彼は言う、チェアマンとして。前向きな言葉だけを慎重に選んで。

コンサートの再開が待ち遠しい。心から。

そんなフロシャウアー氏がトリオで舞台上に上がっているオペラ、シュトラウスの「カプリッチョ」をみながら、今日も家でワインを飲んで一日が終わろうとしている。

日本の感染者数 11,459名。死者280名。

https://youtu.be/T4tsPsmvW7w





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