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毎日400字小説「三十五年」

 マスクをし、前髪をすだれのように伸ばしたその男を見た時、どこかで見た覚えがあるなとは思ったけれど今さらキャンセルをするわけにもいかず、車に乗せた。「ホテル代別でイチニ。入ったら先払って」条件だけ短く言い、いつも使っているホテルに車を走らせる。車中男は一言も口をきかなかったがそれは珍しいことではないし、こちらとしても有難かった。金で割り切った関係である。ラジオからたまたま流れてきたデイドリームビリーバーに、「スーパーカップだ懐かしい」「中三だったな」などと言って、盛り上がるほうがどうかしている。ホテルに入り、体を合わせた。マスクをしていたので不安だったが、口臭はきつくなかったので安心した。終わった後、「三好だよね」と、名前を言われて固まった。「俺、三中の岩井」と言われ、心臓が冷えていく。ひ弱で不潔で、イジメられていた男子だ。岩井菌と、言っていた。岩井は、「三好とセックスできるなんてな」にやにやと嗤う。

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