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トランザクティブ・メモリー・システム

こんにちは、Zenkigen Labの水坂です。

前回の投稿から半年以上も経ってしまいました。

この期間は心理的安全性、データガバナンス、創造性など様々な領域にてリサーチを行いました。そこで今日は、振り返りも兼ねて「トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)」について紹介します。

TMSは昨今注目を集めている経営学の概念であり、気鋭の経営学者である入山章栄教授(早稲田大学大学院経営管理研究科)は『世界標準の経営理論』で「筆者は私見として、日本企業で特にいま求められているのは、このトランザクティブ・メモリー・システムの復活ではないか」と述べています(入山, 2019)。

TMSとは

TMSは直訳すると「対人交流記憶システム」です。この訳語だとわかりづらいですが、この概念は「『誰が何を知っているか(who knows what)』を知っていること」と定義されます(Gammel et al., 2020)。

TMSには3つのフェーズがあり、それぞれが異なる役割を果たします。最初のフェーズは「共有」です。TMSの構築には自分の情報、専門性やナレッジをグループの中で共有する必要があります。次のフェーズが「保管」です。グループで共有された情報を適切な場所(リアルな場所だけでなく、オンラインも含めて)に保管することが求められます。最後のフェーズが「収集」です。保管された情報を回収して、その情報を仕事に活かしていきます。この一連の流れがTMSと呼ばれます。

カイル・ルイスが2003年に発表した論文では、TMSを測定するために、「専門性」「正確性・信憑性」「相互調整」の3つの指標が提起され、質問票が作成されました(Lewis, 2003)。この質問票は現在でも頻繁に利用されており、さまざまな研究者が批判的に継承しつつ、TMSの測定を試みています(大沼, 2019; 田村, 2014)。

なぜTMSが重要なのか

組織においてTMSが重要とされる理由の一つが、TMSとチームパフォーマンスの関係にあります。以下の図1に記されている通りに、TMSは仕事(task)、感情や情緒(affective)、創造性(creative)の3つに影響を与えます(Bachrach et al., 2019)。

図1. TMSに関連する項目(Bachrach et al., 2019)

例えばルイスは、大学の学部生124 チーム、MBAの学生64チーム、ハイテク起業11社・27 チームを対象に質問票調査を行いました。その結果、TMSが高いとチームのパフォーマンス(アドバイザーとクライアントの評価)が良いことがわかりました(Lewis, 2003)。

また別の研究では、MBA の学生261人からなる64のコンサルティングチームを対象に調査したところ、高いTMSを保持するチームのメンバーはチームに将来性を感じる傾向があることがわかりました(Lewis, 2004)。

さらに別の研究者が、大学の学部生232人・89チームを対象に実験した結果、実際に仕事を体験したことがあるチームのほうがTMS スコアが高くなり、TMSスコアを高めることで創造性が高くなることを示しました(Gino et al., 2010)。

このように、TMSはパフォーマンスの向上を目的として研究されています。他にも起業マインドの醸成や生産性の向上などにも繋がるといった指摘もなされています(Dai et al., 2016;  大沼, 2019)。

一方でTMSを題材とする研究の多くが「TMSが高ければ組織にいいことがある」ことを示すものであり、「何がTMSを高めるか」を明らかにする介入研究がほとんどなされていないという問題が指摘できます。そのため、私たちは介入研究を通じてTMSを向上させる方法を考えるとともに、本当にTMSを向上させることがチームや企業のためになるのかを実験する必要があると考えています。

次回は、TMSを向上させるためには何が必要なのかについて考察していきます。

参考文献

Bachrach, D., Lewis, K., Kim, Y., Patel, P., Campion, M., & Thatcher, S. (2019). Transactive memory systems in context: A meta-analytic examination of contextual factors in transactive memory systems development and team performance. Journal Of Applied Psychology, 104(3), 464-493. https://doi.org/10.1037/apl0000329

Dai, Y., Roundy, P., Chok, J., Ding, F., & Byun, G. (2016). ‘Who Knows What?’ in New Venture Teams: Transactive Memory Systems as a Micro-Foundation of Entrepreneurial Orientation. Journal Of Management Studies, 53(8), 1320-1347. https://doi.org/10.1111/joms.12211

Gammel, J., Pantfoerder, D., Schulze, T., Kugler, K., & Brodbeck, F. (2020). Who Knows What in My Team? – An Interactive Visualization-Based Instrument for Developing Transactive Memory Systems in Teams. Learning And Collaboration Technologies. Human And Technology Ecosystems, 600-614.

Gino, F., Norton, M., & Ariely, D. (2010). The Counterfeit Self. Psychological Science, 21(5), 712-720. https://doi.org/10.1177/0956797610366545

Lewis, K. (2003). Measuring transactive memory systems in the field: Scale development and validation. Journal Of Applied Psychology, 88(4), 587-604. https://doi.org/10.1037/0021-9010.88.4.587

Lewis, K. (2004). Knowledge and Performance in Knowledge-Worker Teams: A Longitudinal Study of Transactive Memory Systems. Management Science, 50(11), 1519-1533. https://doi.org/10.1287/mnsc.1040.0257 

入山章栄. (2019). 世界標準の経営理論. ダイヤモンド社.

大沼沙樹. (2019). 組織風土とチームの多様性がトランザクティブ・ メモリー・システムに及ぼす影響:プレッシャーのある風土と性別多様性に着目して.日本経営学会誌, 43号, 66-79頁.

田村直美. (2014). 職場におけるチーム・コミュニケーションがトランスアクティブメモリーシステム及びチームワークへ及ぼす影響の検討―コミュニケーションネットワーク の視点から―,西南学院大学 人間科学論集, 第9巻第2号, 149-165.



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