よのなかよもやま寄稿 04:奄美大島崎原海岸――もしかしたらここが自分の思い描いた浜辺かもしれない。
日本は縦に長い国で、寒い地域から暖かい地方まで幅広く網羅している。
別の気候の地域に行くために海外に行かなくてもいいというのはとても気楽で素晴らしいことに思う。
北国も南国も大好きな私には本当にありがたい。
特にマリンレジャー関連では、やはり南西諸島があるのがとても大きいと思う。
南国らしい青い海に白い砂浜、美しいサンゴ礁やカラフルな魚も、九州よりも北では得難いものである。
私は海辺の景色が好きだ。そして私の心の中にある理想の海辺は、やはり南の島の美しい砂浜である。
本州の海辺も素敵な所はもちろんたくさんあるが……南の島の砂浜の輝きには心が惹かれてやまない。
だから南の島に行くたびに、私は心象風景にある海辺がどこかにないかと思わずにはいられない。
そしてそこで砂を素足で踏みしめ遊ぶ光景を、想像せずにはいられない。
そして、そんな私の抱く理想に近いかもしれない海辺の一つが、鹿児島より南の300キロに浮かぶ奄美大島にあったのである。
複雑な海岸線には素敵なビーチがたくさん!
季節は10月の下旬。
本州では秋の色が強まり、夏の暑さが過ぎ去って肌寒さが感じるころ。
私は奄美大島でレンタカーを走らせていた。
奄美大島は沖縄と九州のちょうど中間に位置している。気候的には沖縄に近いが、北に位置している分沖縄よりも気候は少し寒い。
しかし海洋性亜熱帯気候に含まれる奄美は本州よりもずっと暖かく、10月下旬でも半袖で十分なくらいに温暖だった。
そして夏の盛りが過ぎて日差しも和らいできていたため、一年の中でも過ごしやすい時期でもあった。
車社会である奄美を旅するにはレンタカーが必須だ。バスを使った少し不便な旅も乙なものではあるけれど、、やはりレンタカーなら細やかな奄美の見所まで足を運ぶことができて良い。
さて、奄美大島は地図で見てもらうと分かる通り複雑な海岸線を持つ島だ。
例えば南部には加計呂麻島とともにリアス海岸があって非常に入り組んでいだ地形をしている。
その地形の複雑さはまさに天然の要塞といった様子で、この場所はかつて旧日本軍によって軍事利用もされたほどだ。
一方で北部には北側に開いた大きな湾があり、こちらもなかなかに複雑である。
このような理由で……というわけではないかもしれないが、奄美大島にはいくつもの海岸、砂浜が隠れ家的に多く存在しているのだ。
隠れ家的、プライベートビーチ……好奇心がくすぐられる。秘密基地のような場所は幾つになっても魅力的に感じるものだ。
そんな風に思いながら情報を集めていた私は、ふと一つのビーチが目に留まった。
そこが、今回訪れる『崎原ビーチ』だった。
崎原ビーチ
崎原ビーチは北部の湾内に突き出た半島の先端付近にある。
目的地へは日本一長い国道と称される国道58号線から逸れることになる。道に入ると、対向車線を示す白線が道路の真ん中から消えた。
海岸線をなぞるように敷かれた道路を走る。左側には海、右側には草木に覆われた斜面と自然に挟まれ、畑や民家が無くなってしまった。
若干不安になってくる。人にうんざりしたから自然豊かな島へとやって来たけれど、人の気配がなければそれはそれで心細い。
この道を進んでいいものかと、不安で胸いっぱいになる寸前で小さな集落が見え、ホッと一息つく。カーナビを見てみると、まだ半島の真ん中くらいにしか来ていなかった。
すぐ着くかと思っていたのに、思いのほか半島を大きいようだ。
また少し走ると再び集落に入り、ここが目的地か?、と思うもそれは勘違い。
道路が気づけば車一台分くらいに狭くなっていた。前から車が来ないことを祈りながら車を走らせる。
そして国道58号線から逸れて約5キロ……ようやく目的にたどり着いた。
道路の横のあるログハウスが目印だ。
道路を挟んで海側には生垣のように木々が茂っているので海が見えず、ここが目的地であることがわからずについ一度通り過ぎてしまった。
横に駐車スペースがあるのでそこに車を止める。
ずいぶん遠くに来てしまったな……と感慨深くなりながら道路を歩く。
木々の隙間から向こう側が垣間見れはするけれど、時間帯的にか太陽が逆光のようになってまぶしい。
浜に行くにはどうすればいいのかな、と考えながら歩いていると、茂みの一か所に向こう側へと続く道ができているのを見つけた。
茂みの薄暗さの中でそこだけが向こう側からの光で丸く明るくなっている。まるで抜けた先に素敵な何かが待っていそうな雰囲気だ! まるで物語のワンシーンのようである。
胸のワクワクが止まらない。私はファンタジーの主人公の気分でその穴をくぐる。
歩きにくさも魅力のうちだ。枝に当たらないように背を丸めた姿勢も、足元が砂で汚れることも、この探検ごっこな穴くぐりを引き立てる一要素になる。
そして、視界がふわっと開けて……雰囲気のよい古びた木製階段を下りた先で、私は久しぶりに感嘆のため息をついた。
圧倒的な水の透明度に、白い砂、そしてそれによって際立つ海の青さ。
地上を覆う植物の緑が、砂の白と海の青ととてもマッチしている。
海には係留された白い小さな小舟が一隻浮かんでいる。
偶然なのか、わざなのか。これは個人的には『わかっている』配置だ。
蒼く透明な海の水面に浮かぶ姿はとても絵になっている。
遠くには湾の対面の陸上が見え、その上空で太陽がこちらを照らしてきている。夕暮れになると太陽はその陰に沈んでいくのだと想像すると、それもまた絵になりそうだ。
人の気配が極力薄く、開放感に心が満たされる。まさにプライベートビーチのお手本に思えるビーチだ。
腰を下ろし、海を眺めてみる。湾内のおかげで波は穏やかで、波の打ち寄せる音はとてもおとなしい。
この日は風も緩く、木々の葉がこすれる音もない。
すなわち、私を包むのは天然の静寂だった。私の呼吸音だけが、私の鼓膜をかすかに揺らす。
頭を空っぽにして海を眺める。
ああ、ここは私が思い描いていた砂浜だ。
漠然とそう思う。
私の脳内に存在する理想の浜辺。その姿が、私の見るこの景色と一瞬ぴたりと重なった気がした。
そう思えるほどに、美しい南国のビーチだったのだ。
砂浜にゴミはなく、安易な観光地化もしていないひたすら自然のままの美しさを保っているビーチ。
ようやく長年探し続けていた場所に、私はたどり着けた気がしたのだ。
しばらくの間時間を忘れて眺め、他の観光客が来たのでそれを合図にビーチを去ることにした。
わがままではあるがこの赤の他人の存在が無粋になってプライベート感を無くしたくはなかったし、同時に、その観光客にも私の存在なしでこのプライベート感を味わってもらいたくなったからである。
海に入ることも考えたけれど、今回はこのまま入らずに帰ることにする。
なんだかそうすることで、よりこの美しい砂浜の景色への感動を味わうことができるような気がしたからだ。
気づけば空の色は夕暮れのものへと移り変わり始めていた。
そろそろ宿を取ってある名瀬の街へ向かうことにしよう。
車に乗り、崎原ビーチを後にする。
バックミラーに移るその場所が小さくなっていくのを見ると、少しの名残惜しさが湧いてくる。
でも、あそこは秘密の場所なのだ。そんな場所に居座り続けてしまったら、だんだんと魅力は失われてしまうだろう。
非日常は、非日常であることが魅力なのだから。
道が曲がり、崎原ビーチの端さえも完全に見えなくなる。
今度は水着を持ってきて泳いでみよう。
秘密のビーチで、秘かに遊んでみたいものだ。
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