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【しまたび。】03: 利尻礼文の旅 利尻島② 北海道 ~歩ける幸せを実感した徒歩での島1周~


利尻島に上陸し、ペシ岬から島の全景を眺めた私。

果たして私は利尻島を無事1周することができるのか?

意外と無い時間、良くない天気。

そして昨日からすでに痛み出してしまっていた足!

いったいどうなるのだ、私!

あ、写真とかを取る余裕はなかったので文章がいっぱいです。

前回までの話はこちら↓



利尻島徒歩1周のチャレンジへ。

宿の方にお願いをして重い荷物を置かせてもらい、私は外へ出た。雨は細かいものがまだ少し降っているが、どうせ汗をかいて濡れるのだから気にしなくても良いだろう。

利尻島にやって来た目的は、やはり利尻山への登山である。

標高1721mの周囲を海に囲まれた最北の百名山は、花もさることながら360度海を見渡せるという他の山には無い山頂の景色があり、またその美しい山容は富士山にも例えられ「利尻富士」とも呼ばれる。

実際、この島を訪れる人々のほとんどが利尻山が目当てだ。ゆえに、夏のシーズンに年間の観光客のほとんどが訪れる。

だが、せっかく利尻島に来たのに山を登って終了、というのはなんだかもったいない気がした。ウニ剥き体験とか昆布干し体験とかもあるが、やはり体で利尻島を感じてみたい。

なので、ちょうど円形の島なので島を一周してみようと考えたわけだ。

しかも車はおろか、自転車も使わずに、自らの足で、である。

……決してレンタル代をケチったわけではない。

利尻島の一周は約53キロだ。歩きの平均速度が約4キロほどと聞いたことがあるので、早歩きと軽い走りを織り交ぜながら行けば今からでも夜遅くにならないくらいで帰って来るには充分そうだ。

そんな安直な考えの元、宿の人に見送られながら私は出発した。さあ、これから長いぞ、気合いを入れていこう!

……というふうに、割とラフな気持ちでスタートを切った私だったのだが。

これが実に安易で考え無しな決断だったと知るのはもう少し先となる。



利尻島1/4周――少雨、されど快調。しかし早くもまずい兆候、そして沓形へ

利尻島は綺麗な円形をしていて、その外縁に道路が敷かれている。

時計回りか、反時計回りか。どちらから行ってもゴールに変わりはないが、私は反時計回りに進むのを選んだ。

細かい雨の降る中、1周に向けて歩を進め出した。

分かっているが、先は長い。50キロ以上の道のりが私の前に伸びている。

ゴールは今しがた出発した宿だ。見方を変えれば、今すぐに引き返せばゴールできてしまう。しかし、そういう揚げ足取りをしても意味はない。

50キロを歩き、スタートと同じ反時計回りにゴールしなければ達成とはいえないのだ。

さっきも言ったが先は長い。スタート直後から急いでも後にしわ寄せがくる。

しかして悠長に歩いていたらそれだけゴールが遅くなる。体力と時間の折衷案を取らないといけない。

ゆえに私はなるべく遅いペースで走った。調子に乗ってくると速度を出してしまうので、注意しないといけない。

そして息が切れだす前に走るのをやめ、歩きながら体力を回復させた。

こうすれば、なるべく早く、それでいて長く動き続けられると私は考えたのだ。

1歩1歩先に進む。

雨と汗で服はやがてぐっしょりと濡れる。

北の果ての島とはいえ、日が高くなってその下で運動をしていればとても暑く感じた。

そしてゆっくりとしたペースとはいえ、走っていればだんだんと疲れてくる。疲れたくなくとも、疲労は一歩ごとに蓄積していく。

鴛泊から次の町の沓形までは十数キロある。沓形へ行くのにもかなり消耗するのは当たり前ではある。

平坦な道が続く。だが、まったくアップダウンが無いわけではなく、小さい上り坂と下り坂を繰り返している。

まだ着かないのかな……道端に建てられた一キロごとの区切りの看板を見つつ、私は痛み出していた左足を一瞥した。

実は、この頃には早くもすでに左足がとても痛くなっていた。まだ先が数十キロも残っている状況で、である。

昨日からその予兆はあった。左足の足首、アキレス腱付近だろうか。そこに靴のかかと部分がなぜか妙に当たって歩くたびにこすれ、そこがジクジクと痛んでいたのだ。

靴擦れとは少し違う。血は出てないし、皮がめくられた傷特有の、染みるような痛みもない。

嫌な予感はしていたが、島に来てより活発に動き始めるとその痛みはより顕著になった。何か切れてはいけない筋か何かが切れてしまいそうな、そんな痛さだった。

今のうちに中断した方がいいのでは……いや、きっと大丈夫だ。

根拠もなしに安全を保証して、私は痛みを見て見ぬふりして先に進んだ。

走っているとこすれる場所が変わるからか、痛みが引く。できるだけ走っているように心がけた。

やがて沓形に着いた。沓形は利尻島の第2の町だ。港のある町で、港にはフェリーがちょうど停泊していた。

休憩だ、休憩しないとこいつはいかん。私はセイコーマートに駆け込むと飲料水と行動食を購入した。

利尻島にはセイコーマートが3軒ある。それぞれがちょうど良い感覚で島内に配置されているので、補給地点にとてもちょうど良かった。

汗と雨でびしょぬれの異様な姿の私を、店内の人たちがどう思っているかは気にしないように努め、店の外へ出た私はさっそくスポーツドリンクをがぶがぶ飲んだ。

想像以上に体力も水分も消耗しているのが分かる。天候や暑さのせいもあるが、やはり足の痛みだ。痛みに意識が取られ、精神的にもかなりきつい。

こんなに消耗するとは予想していなかった。そもそも初めから計画がずさんなのだが。

糖分の多い菓子パンでエネルギーを補給する。甘味が体にスゥ~ッと効く。

体に良いとか悪いとか、この場で考えてなんかいられない。というか今まさに体に悪い行動をしている最中なのだから、もはや些細なことだ。

そしてあまり休憩を取らずに出発することにする。本当はもっと休憩したい。というよりもすでに帰りたくなっている自分がいる。

。……急がないといけない。まだ先は長いのだ。そして時間は刻一刻と無くなっていっているのだ。

早くも私は、この時間から島を歩いて1周なんて無謀なのでは?と思い始めていた。

――気づくのが遅い!

立ち上がる。すると足首のあまりの痛さに、思わず顔をしかめた。

歩くのも辛い。引きずらないと前に進めない。

動いている最中はアドレナリンでも出ていたのか、痛みはそれでも紛らわされていたらしい。それがこの一瞬の休憩、そして気のゆるみで一気に表面化してきた。

今なら引き返すにも決心がつくタイミングだった。これ以上進んだら本当にタイミングを失うことは明白だった。

だが、その時の私は……ある意味で興奮状態にすでになっていたのか、思考回路はバカになっていた。

私は間違いなく訪れる地獄へと、蛮勇のまま歩を進みだした。



2/4周――痛む両足、現る恵みの水。そして仙法師へ

沓形を過ぎると、雨は晴れ、雲の隙間から太陽の光がさすようになり一気に気温が上がった。北端の島とはいえ季節は夏。これにより、かく汗の量はこれまでより格段に増えた。

加えて飲料水を背負うバッグに入れたことで重さが増え、負担が増した。足の痛みもあって精神的にも疲弊し、余計に体力が奪われた。

都度、水を飲みながら足を進める。これは失った水分やエネルギー源の糖分を補給するためだけではなかった。

足の痛みから気を逸らしたく、私はスポーツドリンクの味に逃げ場を求めたのだ。しかしそのせいで思った以上に水分の消費をしすぎ、まだ次の補給地点まで10キロ以上もあるのにもかかわらず飲料水は底をつきかけてしまった。

これはまずい、水の枯渇は食糧よりも命に係わる。焦りが生じ始めた私だったが、どうしようもない。自販機は近くには無く、水を求めるなら店なり自販機を求めてとにかく先に進むしかない。

足の痛みはどんどんとひどくなり、歩いているときは気を抜けば足を引きずりそうになっていた。

痛みを無視することに努めていると、不意に痛みが和らぐときがある。脳内麻薬が自身を騙してくれているのかもしれない。

しかし長続きはしない。一瞬でも痛みに意識を向けると、蜂の巣をつついたかのように痛みが湧き出してくる。

まだ半周もしていないのに、これで1周なんてできるのだろうか? 途中リタイアも頭の中に浮かんできていた。

悪い感情がグルグルと脳内を回る。体から体から水分が抜け続けている。状況は悪くなる一方だ。このままでは本当にまずい。

焦り始めた私だったが、偶然にも道のわきになんと湧水があるのを見つけた。

利尻島にある湧き水の1つ、『麗峰湧水』が湧いていたのだ。

なんとありがたい!

まさに天の助けであった。砂漠をさ迷う者がオアシスを見つけたときの感情とはこのような感じなのだろうか?

私は喜びと水分欲しさに水をこれでもかと飲んだ。飲み急ぎすぎて思わずむせたが、構わず飲んだ。

美味い、美味すぎる。利尻山で磨かれた湧き水は冷たくて柔らかく、美味しかった。

しなびた体に水が染み渡っていくのが快感だった。体内の水が心地よいのだ。

これでまだ先に進める。ありがとう、利尻島。

私が休憩している間にも自転車で島をめぐっている人が訪れたし、地元の方だろうか、車でからペットボトルを満載してきて水をくむ人もいた。

多くの人に利用されている湧き水のようだ。確かに、これほど立地が良くて味も素晴らしい水だから、愛されないわけはない。

私も空っぽになりかけのペットボトルに水を満タンまで注ぎ入れる。補給完了、これでまたしばらくは大丈夫だ。

水の問題も解決し、私はしばらく休んでから立ち上がる。案の定足の痛みはぶり返したし、筋肉もガチガチに固まっていた。膝も軋んでいた。

だからこそ、水のおかげで先へと進む力を得られたのは幸運としかいえなかった。

……なんだかここまでだとしんどいばかりの道中に思えてしまうだろう。

だが、道中には面白いこともあった。

利尻山が歩を進めるごとに少しずつ向きを変え、その表情も変わっていくのを観るのは良いものだったし、さすがの利尻富士、どこからの眺めも素晴らしい。

海を見れば、隣の礼文島の姿も望めた。礼文島は対照的に平坦な島だ。水平線に張り付くような形だ。

景観を眺めながら行くとは旅の楽しみである。たとえ歩くのもしんどくても、それは忘れないようにしていた。

しかし、中でも興味深いことがあったのは、海沿いを歩いている途中だった。

歩いていると、不意に風が海から吹いた。

すると、フワッと香ったのだ。

知っている香りだ。しかもそれは料理のときに嗅ぐ香りだ。

昆布だ。昆布の香りがしたのだ。

海を覗いてみると、水深の浅い海岸沿いの岩場に、深い茶色の昆布がまるで髪の毛のようにたゆたっているのが見えた。

昆布は浅い場所に生える海草だが、これほどたっぷりと生えている昆布を私は初めて見た。

まさに北海道らしい光景である。

昆布は浅瀬を埋め尽くさんとばかりに生い茂っている。なるほど、確かにこれほど繁茂していれば産業になるのも納得だ。

そしてまさか香りまで風に乗ってくるとは驚きだった。

岩場に行けば、波で弾けた海草や生き物の臭いを磯の香りと称したりする。しかしそれが良い匂いかといったら実際そこまででもない。

生臭いような、鼻にムッと来る臭いだ。嫌いな人もいるはずである。

美味そうな磯の香り……もとい、良い磯の香りがあるとは。

自然の昆布の香りに、私はハッと感動したのだ。

さて、麗峰湧水から少し進めば仙法志の集落が見えてきた。

小さな漁村で、民家は島を周回する太い道路から1本逸れたより海沿いの道沿いに多いようだった。歩いていても道沿いに建物はまばらにしか見えない。

気づけば集落を通り過ぎてしまっていた。先ほど休憩は取ったので、足も一度も止めなかった。

まあ、体力的にも精神的にも、そして時間的にも見て回る余裕なんてなかったのだが。



3/4周――緊急事態、そして鬼脇へ。暗くなる島に体は追いつかない

仙法志の集落を抜けると、道路は少しだけ海岸線から離れる。

原野をまっすぐに突っ切る道路は、わずかに起伏がありながらもかなり先まで見通せ、そして先が見えるからこそ、これから己が進まなければいけない距離を意識させられてしまう。

人はおろか、建物も無い。時折通る自動車の走行音がやけに大きく聞こえた。私は自分自身と島にひたすら向き合った。

歩く。走る。歩く。走る。

その振動で、肩ひもが肩に食い込んでくる。

背負う鞄は、携帯性を求めて百均の小さいリュックだった。とても軽いが、安物ゆえに肩紐は細い紐で、それが肩に食い込んでくるのだ。

長さ調整もできないので、なんとか工夫しようと考えてみたところ、左の肩紐を右手で、右の肩紐を左手で持ち、胸の前でクロスさせるようにして引っ張り背中に密着させると、これがなかなか悪くなかった。

余計な気の回しと体力消費を抑えようと私は頭を働かせていた。

しかも、走ったり歩いたりを繰り返す中で左足首がさらにひどく痛んできた。顔が一歩ごとにしかめてしまいそうになる。

走る距離も速度もどんどん減っていた。歩きの比率も増えてきた。だがもう引き返すには遅い。とにかく前へ進むしかない。

とにかく、前へ。できるだけ走ることがこのきつい時間を早く終えるうえで大切だ。

眼鏡をはずし、手に持つ。走ると眼鏡が汗でずり落ちてきてしまう。これがとても煩わしいのだ。

なので走るときは眼鏡を外して手に持つのが良いことを私は途中で気づいた。

地面をけり、走り出す。走るにしては遅い速さだが、とにかく走る。

そして疲れで息が苦しくなる前に歩きに移行する。この切り替えがだんだんと上手くなっている自覚はあった。

何度目かも分からない、走り出し。眼鏡を外し、手に持つ。

走り出す。次はあそこの看板まで行こうかな……そう思い走り始めて。

私は突如アクシデントに見舞われた。

手に持つ眼鏡に違和感。ゾワッと嫌な予感。

――眼鏡の右側のフレームが、ねじが外れてポロっと外れてしまったのだ。

おいおい! なんでこのタイミングで!

慌てて足を止める。どこに落ちていったか、振り返る。

だがどこに落ちたか分からない。当然だ、外れたネジは爪の先ほどしかない小さなものだ。それが広い歩道のアスファルトへと落ちてしまったのだから。

しかもネジの色がアスファルトと同じような色で、簡単には見つかる見た目をしていなかった。

万事休す。時すでに遅し。

周りに誰もいない道路の端で、私は視力の助けを無くして絶望してしまった。

どうすれば良い。どうすることもできない。

周りが見えづらければ危険度が増す。しかも明るいうちはまだ良いが、薄暗くなってくると洒落にならないほど危なくなる。暗いところを裸眼で歩く危うさを私はこれまでの経験でよくよく分かっている。

ひとまず落ち着こう。縁石に座り、水を飲んで心を落ち着かせる。

選択肢は2つ。落ちたネジを見つけるか、眼鏡屋に駆け込み修理をしてもらうか、だ。

いや、事実上1択だった。

私が調べた限り、利尻島には眼鏡屋が一軒もなかった。あったのかもしれないが、焦る私には見つけられなかった。

稚内には眼鏡屋はある。すなわち眼鏡を修理してもらうには、稚内に戻るしかないのだ。

小さなねじ、しかも地面に同化してしまっているねじを、この広い歩道から見つけられるものだろうか。

落ちた場所の周辺を探せば良いのは分かっている。範囲もそこまで広くないはずだ。

だが果たしてねじは転がって遠くまで行ったのか、それとも近くにあるのか、それすら見当もつかない。

見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。どちらにしろ、探すとなると時間がかかる可能性が非常に高い。

となれば探せば探すほど、見つけようとすればするほどに時間が経ち、島を1周するのに要する時間がかさんでしまう。

時間はかけられない。かといって、裸眼で1周は危険すぎる。なによりせっかくの利尻の景観を見られないぼやけた視界でひたすらこれから何時間も歩くのは苦痛だ。

これはもう、ダメだ。

……中断だ。撤退だ。フェリーに間に合うのなら今日中に、無理なら明日の始発便に乗って一度稚内に戻って眼鏡を直してくるしかない。そうでなければ島1周だけでなく、利尻山に登ることもできない。

ああ、どうして私は眼鏡を2つ持ってこなかったのだ。眼鏡族特有の凡ミスに、私はひどく後悔した。

沈んだ心でさらに重たくなった体をノロノロと立たせ、私は一度頭を振ると、明るい気持ちに開き直って一度吐息を吐いた。

まあ、これも運命か。受け入れよう。それしかない。

私はそうして、来た道を戻る。

バスが通りかかることはない。タクシーなんて来るわけもない。

ヒッチハイクでも使おうかな。

そんな風に考えて自嘲気味に笑い、私はトボトボと鴛泊へと帰ることになったのだった――。





――と、なる未来があった。

少しだけ時を戻す。

……沈んだ心でさらに重たくなった体をノロノロと立たせ、私は一度頭を振ると、明るい気持ちに開き直って一度吐息を吐いた。

まあ、これも運命か。受け入れよう。それしかない。

私はそうして、来た道を戻る。

――と、する前に、私は自分に待ったをかけた。

いや、少し待て。もう一度だ。もう一度だけ、探してみよう。

ここがねじの落ちた場所と示す証拠は、私がこの場に立っていることだけである。

近くに分かりやすいランドマークがあるわけではなく、何の変哲もないただの道路の途中だ。

もし今私がこの場を離れたら、ねじの場所は本当に特定できなくなってしまう。

おそらくねじは私がいる場所から半径5メートルの範囲にあるはずだ。今このときが、最もねじを見つけられる可能性が高い瞬間なのだ。

探してみて、それで見つからないのなら本当にしょうがない。

だが『もしかしたら』の可能性に賭けてみたかった。たとえ分の悪い賭けだったとしても。

チャンスは今しかないのだから。

私はくるりと踵を返すと、歩道にしゃがみこんだ。視力の良くない目をとにかく凝らして探そう。

自分が、納得するまで。

そうして私は目線を歩道のアスファルトに落とし、スゥッとゆっくりと横へとスライドさせて。

「あっ」

なんとその先に、ねじを見つけたのである。

「あ、あった。あったぞ!」

興奮した私はねじに飛びつき、摘まみ上げる。一瞬似て非なる別物かと思ったが、外れていないもう一方のねじと見比べてみれば、色から形から瓜二つのそれ。

なんということだろうか。幸運、奇跡、ミラクルだ。見つからないはずのねじは、偶然私がしゃがみこみ、偶然視線を動かした先の、まさにその一点に転がっていたのだ。

体が震えた。奇跡としかいいようがない。ものすごく低い確率だ。探そうと決意したとはいえ、一方で見つからないだろうと内心諦めていた。

なのにねじは、私の視力の低い眼で判別ができる極狭い範囲に奇跡的に落ちていてくれたのだ。

指先は興奮で震えるが、だが決して再び落としてはいけない。再び見つけることは今度こそ不可能な気がした。

精密ドライバーが無いのでねじを締められないかと思ったが、これも本当にたまたまだったが爪を切り忘れていて、爪が伸びていた。

伸びた親指の爪先を使い、慎重に、ゆっくりと閉める。爪の太さも偶然にねじの溝とピッタリで、ねじが少しずつ、少しずつ穴にはまり、やがてフレームのパーツをしっかりレンズ部分と固定してくれた。

フレームを開閉する。緩んでいる感じはしない。かけてみる。何の違和感もない。

私は、矯正されて見えやすくなった視界を見て、安堵で大きく息を吐いてしまった。

本当に、良かった。一時はどうなることかと思った。己の運、己の行動、そしてもう一度探そうと決めた自身に心から感謝したのだった。



4/4周――走れず、歩けず。日暮れ、暗闇、町明かり。そしてついに鴛泊へ。

道はとにかく原野を進む。私以外人のいない道路のわきを、汗を持ち去ってはくれない湿った微風を浴びながら歩を進める。

時折人家が見えてもまったく安心感は得られず、むしろ孤独感が強くなる。

人がいるのかいないのか、気配の感じない家々を横目に通り過ぎると、私自身がこの場に歓迎されていないように思えて、むしろ早く離れてしまいたかった。

人の営みの中を歩いても、私は少しも安心感を得られなかった。

島の南部に広がる湿原が近づくと、景観が原野から森林へと変化する。

原野を歩いているとその見晴らしの良さゆえに寂しさを感じるが、木々によって囲まれてしまうと今度は圧迫感に似た孤独さを抱くようになる。

さらに風通しが悪くなるので体の熱はこもり、汗をじっとりと余計にかくようになり、さらにはおそらくアブだろうか、足を止めると重低音の羽音が私の周りを飛び回り追跡してくるようになった。

先が見えなくなるのも別のしんどさがある。道のわずかなカーブで先が見通せなくなり、自分が歩かないといけない道のりが細切れになる。

ようやくその範囲を歩ききっても、隠れていた道がまたちょっとだけ見えてくるというその繰り返しは、この歩きの旅に終わりを求める私には辛かった。

ようやく鬼脇に着く。

鬼脇のセコマに着く頃にはもうヘロヘロだった。

途中で小休止は取ったが、一度足を止めると次動き出すときに左の足が痛すぎるのでしっかりとは休めなかった。

ここが最後の補給地で、大休止が取れる場所でもある。私は携帯食と飲料を購入し、店のわきで腹にそれらを流し込んだ。

衣服に濡れていない場所は無く、もはや汗じみで染まった色がこの服の色なんじゃないのかと疑ってしまうほどだ。ここまで色が変わっていれば、店内の客もスタッフも、私が汗まみれなのはむしろ気づかなかっただろう。

鬼脇は利尻島の南部の町で、反時計回りでは鬼脇より先に大きな町は無い。

つまり、次に町が見えてきたらゴールなのだ。

しかし、ここからこそが長い。

補給もできず、目ぼしい休憩地点も無い。さらに日はどんどんと暮れていく。途中で間違いなく日は落ちるだろう。

……アドレナリン頼りの痛みの忘却はだんだんと効き目が悪くなっている気がした。

しかも左足をかばうことで負荷がかかったのか、右足も痛みだしていた。しかも内ももと足の甲だった。特にこの甲の痛みが、歩いているときは大したことないが走り出すととたんに痛みだす。

疲労と痛みで私はついに走れなくなった。しかし歩けば左足のかかとが痛い。歩くも走るも苦痛。私に逃げ場は無くなった。

しかし進まずにはいられない。右足の痛みより左足の方が耐えられたので(というか慣れてしまっていたので)、私はかかとの痛みを無視して、右足が悲鳴を上げないぎりぎりでできるだけ早歩きをした。

途中、車を横付けされて地元のおじさんに声をかけられた。

独りで歩いている私を奇妙に思ったらしい。

「おい、大丈夫か? お前、どこから来てどこに行くんだ?」

そのときには疲労で頭が回らなくなっていて、私は変な受け答えをしてしまう。

「あ、アッチから、アッチに……」

「アッチってどこだ、分からんぞ」

当たり前である。

私はなんとか口を動かし鴛泊まで帰ると伝えると、これから雨が降るぞと教えてくれた。

空はまた、重たい色になってきていた。

だがレインウェアがあるので大丈夫、それに島一周のチャレンジ中だと伝えると、困ってるなら乗せてやろうと思っていたが大丈夫そうだなと言って去っていった。

正直乗ってしまいたい気持ちもあり、去っていく車に惜しさを感じたが、疲れていた私にはその好意が嬉しく少し力が湧いた。

時間が経ち、日が暮れ当たりが暗くなっていく。

ヘッドライトをつける。

私はもう歩くのも辛かった。空が飛べたらどんなに良いだろうか。

もう走れない、早歩きもできない。残ったのは気力だけ。気力が私を前へと動かした。

こんなに歩くのが辛いとは。何も考えずに歩けることがなんと幸せか。

本当に歩ききれるのか。自分の状況を改めて鑑みる。いつ動けなくなっても不思議ではなかった。

……大丈夫、お前がこれまでやって来たことを思い出せ。琵琶湖1周も佐渡1周もやって来たじゃないか。お前なら大丈夫だ。

それに、100kmマラソンを走る人にくらべたらこれくらいタヤスイタヤスイ……いろいろな言葉で自分を激励した。

道沿いにある、周期道路の距離を示す看板が私のモチベーションだった。1キロごとに設置されていて、数字が増えていくのをみるたびに終わりが着実に近づいているのが分かって気持ちを切らさずにいられた。

一度でも気持ちの糸が切れたなら、本当にもう歩けなくなるのが分かっていた。

だが、一方でこうも思っていた。頭がバカになっていただけかもしれないが。

――自分の限界は、まだずっと先にあるのではないか。限界の場所に、立ってみたくはないか。

まだ、行ける気がする。

1キロ、また1キロと距離が短くなる。1キロを歩くのも辛いが、この一歩が終わりにつながっていると信じ、私は必死に足を動かした。

残りが2桁キロから1桁になったときは嬉しかった。あと少しだ、がんばれ。

私を励ますのは私しかいなかった。

島は完全に日が落ち、夜になった。ヘッドライトの青白い光が数メートル先の闇を照らす。

民家には明かりがともり、カーテン越しに室内が見えた。くつろぐ彼らが羨ましかった。

またこんな時間にこんな場所をヘッドライトを付けて歩く人物は不審者に思われてしまいそうで、私は身を縮めて足早に通り過ぎた。

出発地である鴛泊の町明かりが遠くに見えたとき、私は嬉しくててたまらなかった。やったぞ、もうすぐだ……だが一方で、まだあれほど遠いのかと絶望した。

鴛泊の町が見える高台の公園近くで、私は街灯の下、休憩を取った。

独りきりで水を飲む。島の静かさは私も𠮟咤も激励もしてはくれない。

ただ己自身をひたすらに顧みさせようとしてくるだけだった。

最後の数キロは、これまでで最もきつい数キロだったと思う。

わずかなアップダウンがすっからかんの体力の底をこそぎ、関節を軋ませ、筋肉を突っ張らせた。

アドレナリンももう効かなくなっていた。

痛みは足首から太もも裏、そして腰にまできて、加えて疲労で背中が曲がると無理な体制になって首を変に起こすために首も痛くなった。

もはや生き地獄だった。楽な瞬間は全く無くなった。

街灯の無い暗闇の道を歩いていると、私は徐々に恐怖心にさいなまれる。

暗さで周囲の様子が分からなくなることで、ちょっとしたやぶの揺れも怖くなるのだ。

ガサリ、とやぶが揺れる。心臓が跳ねる。

利尻島は北海道の中でヒグマのいない数少ない地域だ。だが過去1頭だけヒグマが泳いで渡ってきた聞いたことがあった。もしやと寒気がした。そんなことはないとは思いながらも、一度可能性を感じてしまうと恐怖心が膨らんだ。

道に光る目がある。ぎょっとした。

――イタチだった。

あぁ、良かった。

ホッと胸をなでおろす私をしり目に、イタチはどこかへと逃げ去っていった。

ノロノロと、少しずつ近づいてくる鴛泊の町。遅いのは私のせいである。

だがようやく、やっとのことで鴛泊の端にあるフェリーターミナルに着くと、私は町の明るさと帰ってこられたことへの安堵で心の底からホッとした。

フェリーターミナルに着くとスマホが切れてしまった。到着間近の連絡を宿に連絡するためにスマホをモバイルバッテリーで充電しようと、ひとまずターミナル近くの自販機の傍で最後の休憩することにした。

自販機の明かりに羽虫が集まっている。それらの動きを私はボゥッと眺めた。このまま足を投げ出し、この場から動きたくなかった。

多少充電できたので、宿までの最後のひと踏ん張りをすることにする。フル充電の必要もないし、何より早く着いてしまいたかった。

そして立ち上がろうとすると――体中が痛すぎた。足首は激痛で、筋肉は固まり、膝もガチガチになっていた。もう、ずっと前から限界だった。本当にこれ以上は歩けなくなりそうだ。

ノロノロと宿に向かう。人がいて明かりのある町を歩く、それが私を元気づけてくれた。

宿が見えた。すると、宿の店主たちが宿の前で私をゴールテープと旗を用意して出迎えてくれた。

私は嬉しくて、万感の思いを込めて、両手を突き上げながらテープを切った。

到着時間は夜8時40分。要した時間は10時間10分だった。ギリギリ10時間を切れなかったが、もはやぜいたくなんて言いたくなかった。

帰ってこられた。1周できた。それで、私は心底満足だった。

ボロボロの体に熱いシャワーが気持ちよかった。汚れ切った体を温水が流れていけば、疲れも痛みも一緒に流れていってくれる気がした。

空腹を越えて何も感じなくなっていた私だったが、ダメージを受けた体の修繕するために栄養補給をしようと鴛泊のセコマで買った焼肉弁当をつつこうとした。

すると宿に泊る客たちから語らいの誘いがあった。

利尻山に登りに来た玄人の男性3人と、私をゴールで宿の方々と一緒に出迎えてくれた翌日礼文島に行ってとある有名なユースホステルに泊まるつもりの女性。

皆、気の良い人たちだった。

ゲストハウスの楽しみはこれだ。見知らぬ人と、不思議なほどに仲良くなれる。

ああ、こんな時間が長く続いてほしい。

だが明日は利尻山への登山だ。朝は早い。

明日は朝の4時45分に利尻山へ送迎してくれるという。

明日、自分は山を登れるのだろうか? クタクタでボロボロのこの体で。

いや、もうしょうがないか。明日のことは明日の自分に任せよう。

というより早く寝てしまおう。

だが寝られるだろうか? 体は痛いし、どこか興奮状態だ。

布団に横になった私は不安だったが、それも杞憂だった。

多量の疲労を抱えた私は、布団の柔らかさに包まれて簡単に意識を手放したのだった。


続く。


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