スタートアップエコシステム15位の都市として見るTokyo
全世界の都市をスタートアップエコシステムとして評価し,特にアーリーステージのスタートアップがグローバルで成功するためにどの都市を選択すべきか明らかにする「The Global Startup Ecosystem Report 2020」が6月25日に公表されました.今回東京が初めて評価対象に入り,Coral Capitalさんも早速レポートに言及しています.
レポートについて
「The Global Startup Ecosystem Report 2020」を発行するStartup Genomeは政策提言やリサーチを主にスタートアップエコシステムの発展のために活動をしている団体です.同じく共同でレポートを執筆したGlobal Entrepreneurship Networkは起業家のための様々なプログラムのプラットフォームを運営する団体です.
レポートではスタートアップエコシステムとして都市のランキングが発表されるほか,エコシステムを発展させるための様々なトピックの内容が含まれています.評価に必要な各種データはCrunchbaseやMeetup.comのほか,世界各国のパートナーの協力により収集されているようです.
レポートの目玉とも言える都市ランキングは,「アーリーステージのスタートアップが最もグローバルで成功しやすいのはどのエコシステムか?」という問いに答えるものとして位置付けられています.
なお,レポートにおいてスタートアップは「早いサイクルで再現可能でスケールする事業モデルを探し求める企業」として定義されています.
Steve Blank defines a startup as a “temporary organization in search for a repeatable and scalable business model.”
また,エコシステムの成長は4フェーズに分解されており,それぞれActivation→Globalization→Attraction→Integrationというカテゴリーで分類されています.
スタートアップエコシステムランキング
さて,スタートアップ都市ランキングの結果は,1位シリコンバレー,同率2位でニューヨークとロンドン,4位に北京,5位がボストンとなりました.今回初めて評価対象になった東京は15位にランクインしました.
以下はランキング結果と各評価項目の点数です.
▶︎東京より上位の都市がある国
米国(シリコンバレー・NYなど7都市)
イギリス(ロンドン)
中国(北京・上海)
イスラエル(テルアビブ)
スウェーデン(ストックホルム)
オランダ(アムステルダム)
フランス(パリ)
▶︎東京より順位が低かった都市とその所在国
ドイツ(16位ベルリン)
シンガポール(17位シンガポール)
カナダ(18位トロント・23位アトランタ・25位バンクーバー)
韓国(20位ソウル)
インド(26位バンガロール)
オーストラリア(27位シドニー)
オフショア中国(29位香港)
ブラジル(30位サンパウロ)
・・・
レポート中で言及されたKey Findings:
1.上位5位の顔ぶれに変化はなかった
2.2020年は研究開発で躍進した都市が目立った.代表例として東京やソウルが挙がる
3.アジア都市の上昇がより目立った.2012年には上位都市の20%だったものが2020年には30%を占めるまでになり,今年新規ランクインした17都市のうち11都市はアジア圏である
4.東京とソウルが,バンガロールとサンディエゴと入れ替えで上位20位にランクインした.トップ30まで見ると深セン(Shenzhen)・杭州(Hangzhou)・サンパウロがランクイン
評価方法について
ランキングの評価ポイントは以下の6項目で,それぞれ重み付けされて総合評価が決まっているようです:
・Performance | 実績(30%)
・Funding | 調達(25%)
・Market Reach | マーケット規模(15%)
・Talent | 人材(20%)
・Connectedness | 繋がり度合い(5%)
・Knowledge | 知的財産(5%)
東京の評価
東京は初出場で15位にランクインしました.評価が高かったのはKnowledgeの分野で,特許の数・難度やライフサイエンスの論文量などが高評価の要因です.エコシステムとしてはフェーズ3の「Attraction」にカテゴライズされました.
セクターとして評価されているのは「ロボティクス」「Fintech」の2分野です.工業用機械の分野では世界の供給量の半数を占めている点や,第三者機関の評価で世界3番目に競争力の高い金融都市であることがコメントされています.なお個別企業ではSynspective, Paidyの調達が言及されています.
東京を選択すべき理由として掲げられていたのは以下の3点です:
・Tokyo Startup Ecosystem Consortium
・行政がエコシステムの発展に注力していること
・COVID-19への行政対応
▶︎各評価項目の詳細
【Performance】総合:7点
【Funding】総合:7点
【Market Reach】総合:3点
【Connectedness】総合:1点
【Talent】総合:7点
【Knowledge】総合:9点
今回の結果をどう捉えるか
▶︎ドイツ・シンガポールを上回る順位
東京より上位の年を持つ国は米・英・中・イスラエル・スウェーデン・オランダ・フランスの7カ国で,十分健闘していると感じます.ドイツ・シンガポール・韓国よりも順位が高かったのは素直にポジティブなニュースだなと感じます.
▶︎Connectednessは過小評価されている
東京の「Connectedness」は評価が最低の「1」となっています.この評点の90%はMeetup.comで登録されたMeetup Group数とその人口対比での比率から計算されています.
ご存知の通り東京ではMeetupやEventbriteといったミートアップアプリが流行しておらず,ConnpassやFacebookなどでイベントがホストされることが多いため,これは実態をかなり過小評価しています.
もっとも,東京でも私の知る海外系のコミュニティ(AIで良質なコンテンツを展開するMachine Learning Tokyoや,ユーザー評価世界No.1のブートキャンプLe Wagon Tokyoなど)はMeetupやEventbriteを利用しているので,グローバルに開かれたコミュニティの形成という観点では課題意識を持っておくべきです.
▶︎Performance > Startup Successの項目が低い
低かった評価項目として「Performance」 のサブ項目である「Startup Success」が挙げられます(東京は3点).
この項目は,シリーズCとシリーズAの企業数の比率,創立からExitまでのスピード,シリーズBとシリーズAの企業数の比率などから算出されています.
詳細は調べていませんが,シリーズCの企業数やExitのスピードが世界と比べて遅い可能性があります.
▶︎Fundingの評価は高いのか
日本はシリコンバレーと比較してVCが弱いという議論があります.日米ではVC投資額が80倍もの差があるとの調査もあり,GDPは日米で3倍しか変わらないのでGDP対比でVC投資額は20倍近くも差がついている計算になります.
今回のレポートでは,Fundingは8点と比較的高評価に思えます.
10点:シリコンバレー,NY,ロンドン,LA
9点:北京,ボストン,テルアビブ,パリ
8点:上海,東京,シンガポール,トロント
さて,「Funding」の項目に最も影響を与えるのはアーリーステージの調達件数なのですが,この件数は対数(log)をとって評価されています.たとえば,実際の数字の差が4倍でもスコアの差は1.4倍くらいに圧縮されているということで,逆に言えばスコアの差以上に実態の差があるということです.スコアが1.25倍違う場合は実態の数字は3.5倍近く差がついていることになります.
あえて厳しい目で見れば,「Funing」8点という数字は悪くはないものの,より上位を目指す上では件数ベースでもまだまだ数倍くらいストレッチしていきたいところです.
Funding評価方法
Quantifies funding metrics important to the success of early-stage startups.
• 90% Access
• 90% Early-Stage Funding Volume (80% log of count and 20% log of sum of total early-stage funding deals)
• 10% Log of Early-Stage Funding Growth
▶︎Market Reachは深刻化する
東京の「Market Reach」は3点と低く,私たちが最も注視すべきはこの項目だと思います.
「Market Reach」の評価方法を調べると「Local Market Reach」(30%)「Globally Leading Companies」(60%)「Quality」(10%)のサブ項目に別れるのですが日本が特に低いのは「Globally Leading Companies」の項目です.上位20都市のなかでシカゴとオースティンに次いで低い水準です.
「Globally Leading Companies」は
・GDP対比の”ビリオンダラークラブ”数
・都市人口あたりの1,000億円以上のExit数
・50億円以上のExit数/シリーズA調達数
といった項目で評価されます.ビリオンダラークラブ(billion-doller club)はユニコーン企業と,10億ドル(1,000億円)以上でのExitラウンドをこなした企業の総数です.
最も衝撃を受けた図表を引用します.
これは横軸が「人口あたり100億円超のExit数」縦軸が「人口あたりビリオンダラークラブ数」です.これは両対数グラフです.
人口対比でのビリオンダラークラブ数はソウルと3倍,シンガポールと7倍,上海と10倍,北京と30倍弱,ニューヨークと12倍くらいの差がある状況です.
人口対比で見た場合に,東京がユニコーン企業数やExit数で他の都市と差がついているかがわかります.
終わりに
というわけでレポートに対する見解をまとめます.
まとめ
・東京は初登場15位にランクイン
・特許や論文数は高評価
・シリーズAに比べてシリーズC企業が相対的に少ない可能性
・Exitまでのスピードが他の都市より遅い
・アーリーステージの調達件数も上位都市とは数倍〜の差
・人口あたりのユニコーン数やExit数が上位都市で最も低い
▶︎どの都市も次のシリコンバレーになることはない
レポートでは以下のようなコメントがあります:
There Will Be No “Next Silicon Valley.”
There Will Be 30
「次のシリコンバレーとなりうる都市は出てこない.」
そうではなく,世界中に分散した30の都市がそれぞれその地域または特定の領域(e.g. 生命科学ではサンディエゴ)でリーダーシップを発揮し,クリティカルマスに到達する状態が来るだろうと述べられています.この言葉は,Y CombinatorプレジデントでありOpenAI CEOのSam Altmanによります.
エコシステムとしてシリコンバレーを目指すことが難しいにせよ,東京が今後どのような領域や地域特性でリーダーシップを発揮すべきかをエコシステムビルダーの一員として考えていきたいと感じました.
長文お読みいただきありがとうございます.
*本文中では全て1 million USD = 1億円として計算しています.
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