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まいちゃんの話

「『家なくなった話したっけ?』って急に言い出したんよ」


その時私は京阪本線で三条から淀屋橋に向かっているところだった。三条で席を確保することができたが、その時点ですでにほぼ満席だった。次の祇園四条で私の目の前に年配の男性が来たので、席を譲ろうとすると、「すぐ降りるから」と固辞された。私はその言葉に甘えることにした。

前日の夜は3時間程度しか寝れなかった。深夜までnoteの執筆と仕事の作業があり、今朝は東京を早朝に出る新幹線に乗るために早起きだったのだ。

淀屋橋駅まではまだかなり時間がかかる。それに終点だから寝ていても誰かしらが起こしてくれるだろう。そう思った私は、念のためスマートフォンのアラームを到着予定時刻の1分前にセットして目を瞑った。


どのくらい眠ったのかはよくわからない。目が覚めたとき、電車の中は東京のちょっとした通勤電車程度に混雑していた。ぎゅうぎゅう、とまではいかないが、立っている人々の間にはあまり隙間のない状態だった。

私の左斜め前に立っている若い女の子3人組が関西弁全開で楽しそうに会話をしていた。その会話に私の意識が向いた時に最初に耳に入ってきたのが冒頭のセリフだった。

このセリフを発したのは横並びの真ん中にいた背の高い、マスクをした子だった。発話の中心は終始このマスクの子だった。

3人はどうやら大学生で、このマスクの子のクラスメイトの「まいちゃん」が話題となっていた。他のふたりは、まいちゃんのことを知らないようだったが、すでにまいちゃんの話を一定程度マスクの子から聞いているようで、まいちゃんがなかなかの“ぶっ飛び系”であることは認識済みのようだった。

「まいちゃんがね、留学に行ってたの。それもなんか南米のペルー?とかそのあたりの、普通の人が行かないようなところね。で、留学を終えて日本の実家に帰ってきた時、家の鍵を開けようとしたら、開かなかったの。そしたらお隣さんが出てきて、『まいちゃん、どうしたの?』って聞くから、『鍵が開かないんです』って返したら、『お父さんとお母さん、離婚して家出ていったよ』って言われたんだって」

もう私はマスクの子のまいちゃん話に夢中である。奇しくも直前に会っていた人の名前も「まい」だったので、私の頭の中ではマスクの子が語る“ぶっ飛び系”のまいちゃんが、私の友人の可愛い系のまいちゃんの顔に変換されて想像されていた。

「まいちゃん、今26歳なのかな。少し歳上なんだよね。高校生の時に付き合っていた彼氏を、きちんとした人にしたくて、『医学部に行きなさい』って彼に言い続けたんだって。で、彼は本当に医学部にいったわけ。そのあともふたりは付き合い続けていたんだけど、彼が研修医で福井にいる時に、そこで出会った看護師と“できちゃった”って、その子と結婚したの。それでまいちゃん、歯学部に行くことに決めたんだって」

彼の浮気からのできちゃった婚と、まいちゃんが歯学部に行く因果関係がよくわからなかったが、どうやらまいちゃんは今辛い過去を背負いながら頑張っているようだ。

「歯学部に行くってなったんだけど、両親が離婚しちゃってどっちもお金を出してくれる感じじゃなかったから、遠い親戚から無利子で借金をしたの。ポンってお金を出してくれる人がいたみたいで。まぁそれも1年目に急性アルコール中毒で留年したから、また追加でお金を借りたみたいだけど」

まいちゃんはどうやら酒癖が悪いらしい。

「それでね、ある日、卒業までにかかる費用を計算していたら、100万円足りなかったみたいなの。あかん、100万円足りない!ってなって、その話を友人にしたら、『本当?それ、計算間違っているんじゃない?もう一度計算し直したら?』って言われて、計算し直したの。そしたら、150万円足りなかったんだって」

なるほど、計算は苦手なのね。

「まだあってね」

まだあるんかい。

「まいちゃん、マッチョが好きなんだって。でこの前合コンに行ったときに、タイプのマッチョがいたの。それが今の彼氏なんだけど。まいちゃんそれでテンション上がって、泥酔しちゃって、号泣しながら『お家に帰りたいーーーー!』って叫んでたみたい。タクシーに押し込まれて帰れたらしいけど」

まいちゃんはその号泣の後、マッチョな彼とどうやって付き合ったのだろうか。


「まいちゃん、でもぱっと見はそんな破茶滅茶な感じには見えないんだよね。結構美人で…」

と言いながら、3人は京橋で降りていった。

まいちゃんが可愛い系であるという前提で想像していたが、それが最後の最後で覆されてしまった。


まいちゃんを出しにして、こうやって私にnoteのネタを提供してくれた3人組、特に真ん中のマスクの彼女に、深く感謝をしたい。日帰り京都、大阪出張の帰りの新幹線の中で私はこのようにどうにかnoteを書き上げることができた。新幹線乗車時に、後ろに並んでいた女性に列を抜かされ、その上その女性が私の隣の席で、今私の横でパソコンを出しておきながらグーグー寝ているのに、なんだかひどく腹を立てていたが、まいちゃんのことを想像しながらnoteを書いていたら、おおらかな気持ちになってきた。


それにしても、26歳歯学部、マッチョ好きのまいちゃんが気になってならない。彼女は京都か大阪あたりで、今日もたくましく生きているのだろうか。

彼女の人生に幸のあらんことを。


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