
ひとりの有能な店員と
先日、パリのとある眼鏡屋さんにいった時のこと。
そこの眼鏡屋では過去に一度フレームを購入したことがあったが、品揃えも店員の商品知識もしっかりしていた上に、サービスもとてもいい、という、パリにしては大変珍しいお店だった。今回の訪問は特定のモデルをめがけてのものだったが、もし他の眼鏡屋で取り扱いがあったとしても訪問先は変わらなかったくらいに私はこのお店を気に入っていた。
訪問時に、見たかったフレームはあったのだが、6色展開のうち2色しか店頭にはなかった。私が気になっていた2色は、店頭にない4色の中に含まれていた。
「取り寄せようか?」
目のぱっちりとした若い女性店員がそう提案してくれた。声が大きくハキハキ喋る一方で、どこか可愛らしい雰囲気があった。
「でもこれ取り寄せてもらったらお店が買い取ることになるんでしょ?」
と尋ねると、
「このモデルはちゃんと売れるから大丈夫、心配しないで」
と返された。
「いずれにしても見た中から1本は必ず買うから」と口約束をして、私はその2本を取り寄せてもらうことにした。
「発注からだいたい10日で届くわ。早い時も、遅い時もあるけれども。到着したら連絡するね。いつまでパリにいるの?」
それは1月末のことだった。2月末までいることを告げ、私はお店を後にした。
そこから2週間ほど経って、その眼鏡屋からメールが届いた。
「発注をかけたうち、1本は届いたんだけど、もう1本は今生産中らしい。メーカーからは『2月中に生産は完了する』って連絡がきたけど、出国までに間に合うかはちょっとわからない。いずれにしても、1本はあるから、いつでも立ち寄ってね」
という内容だった。私はそれに、ギリギリまで待ってから、出国直前に再訪すると返した。
日本に戻る1週間ほど前に、またその眼鏡屋からメールをもらった。
「やっぱり待っているもう1本は間に合わなそう」
という内容だった。私はその時ちょうどミラノにいたので、パリに戻った翌日の土曜日にお店に向かう、と連絡をした。すると、
「土曜日はお客さんが多いから、オンラインで予約することをおすすめするわ」
と返信がきた。
私はその言葉に従い、土曜日の夕方の時間に予約を入れた。
時間通りにお店に着くと、入り口付近に先の女性店員さんがいた。
「今すぐ用意するね」
彼女は私のことを覚えていてくれた。彼女が眼鏡を取りにストックに行っている間、その眼鏡屋にはひっきりなしにお客さんが入ってきていた。やはりサービスがいいから人気なのだろうか。
私が眼鏡を試している時、入ってきたお客さんが、近くにいた男性店員に、とある眼鏡ブランドの取り扱いがあるかを尋ねた。するとその男性店員は、
「そのブランドはなくなったよ」
と返した。
それを聞いていた件の女性店員は、お客さんに向かって、
「いや、ちゃんとそのブランドはまだあるんだけど、大きなグループに買収されちゃったことで、アフターサービスのクオリティが著しく落ちてしまったの。それで私たちは取り扱いをやめることにしたわ。もしまたサービスのクオリティが回復したらやるかもね。もしそのブランドが好きなら、うちで扱っているこのブランドあたりもいいと思うけど、よかったら見ていってね」
と言った。
その後も彼女は私の対応をしながら、入ってくるお客さんの窓口的な役割を果たし、お客さんを待たせることなくお店を円滑に回していた。また、他の店員も何か質問があるとまず彼女に聞きにきていた。彼女は全ての質問に間髪入れずに回答していた。
きっと大黒柱的な存在なのだろう。
最終的に取り寄せてもらった色を選び、お会計をしてもらった。
「ファッションウィークはどうだった?」「そういえば、予定よりも長くパリに滞在したんじゃない?」
彼女は最初の訪問で私が話した些細なことをよく覚えていて、そんな質問を投げかけた。私はそれに答えながら、彼女がテキパキと仕事をするのを惚れ惚れと見ていた。
眼鏡屋での出来事はこれだけなのだけれども、この一連の流れを見ていて、この「ひとりの有能な店員と残りの無能な店員」という構図は、結構色々なところで見受けられるように思った。特にパリにおいてその傾向が強いように感じている。無能な店員がボトルネックになってレジが進まなかったり、有能な店員が無能な店員の質問攻めにあって本来の仕事ができない、ということをよく目にするのだ。
眼鏡屋の彼女は最初から最後まで完璧だった。ただ間違いなく、彼女のパフォーマンスは一部の他の店員によって阻害されていた。先の男性店員が、例えば有能とまでいかなくとも普通であれば(「なくなった」と言い放ったブランドは、そう簡単になくなるようなブランドではなかった)、彼女はもっといい仕事ができているのだろう。そう思うと、なんだかちょっぴり悲しくなってしまった。
あるいは、組織というのはそういうものなのだろうか。全員が優秀だと、それはそれで軋轢が生まれてしまうのかもしれない。あの眼鏡屋は彼女ひとりが優秀であることこそが、人気の秘訣になっている、なんてことがあったりして。
ないか。
【çanoma公式web】
【çanoma Instagram】
#サノマ #香水 #フレグランス #ニッチフレグランス #canoma #canoma_parfum #パリ
#フランス