それは私の心の中をそっくりそのまま天気にしたようだった。
起床した直後から憂鬱な気分だった。
昨日はロードバイクで久しぶりに100キロ弱走ったこともあって、身体のあちこちが軽い筋肉痛。全身には倦怠感もある。
朝8時の新幹線に乗るために早起きをしなければならなかったが、昨日の就寝時刻は何時だったっけ。いずれにしても、睡眠不足は否めない。
溜まっているメール、気の重い連絡、細々した雑務、明日からの京都伊勢丹での「サロンドパルファン2024」の設営(設営って、苦手なの。撤収は、もーっと苦手)…憂鬱になる理由はいくらでもあった。布団からちゃんと這い出ただけでも偉い。
とっても偉い。
いや、そんなことないか。みんなちゃんと這い出てるんだよね…
新幹線発車時刻の1時間前に家を出た。雨上がりの朝7時は11月に似つかわしくない温室のような空気だった。それは私の心の中をそっくりそのまま天気にしたようだった。
駅に向かいながら私は、名刺入れを家に置いてきたことに気がついた。そういえば先日の名古屋三越での「サロンドパルファン」の際も名刺入れを忘れていった。どうやらここ最近の私は名刺交換の習慣がすっぽり抜け落ちているようだ。幸い名古屋では誰も私に名刺を差し出してこなかったのでなんの問題もなかった。今回の京都でも同様の結果となることを願おう。
小さなスーツケースと大きなリュックで小田急線に乗り込んだ。以前もどこかに書いた気がするが、家から東京駅に向かう際、前後避けられない階段とそれなりの徒歩がある一方乗り換えのない千代田線を使うか、乗り換えはあるものの階段はなく徒歩も多くない小田急線からの中央線で乗り継ぐかはいつも迷うところなのだが、今回は荷物の多さを鑑みて後者を使った。
ところがどっこい、小田急線が終点の新宿駅にていつもと違うホームに停車したため、荷物を抱えて階段を下る羽目になった。早朝の殺気だった空気の中で荷物を片手にえっちらおっちら。
何のためにわざわざ小田急線に乗ったのだろうか…朝からの悪い空気を断ち切れない感じに嫌気がさした。
東京駅に到着後、新幹線の改札に向かいながら私は、なぜこんなにも多くの人々が“きちんと”移動しているのか、急に不思議になった。途中で歩けなくなったり、あさっての方向に急に動き出したり、叫んだり、不貞寝をしたり…そんなことはほとんど起こらずに、皆静々と、そしてせかせかと、同じ方向に歩みを進める。そんな当たり前のことが、なんだか奇跡的なことに感じられたのだ。
もしかしたら私にしたって急にここで心臓が止まってしまうかもしれないのだ…なんてぼんやり考えながら新幹線のホームに向かうエスカレーターに乗っていた。
「ワタナベくん?」
急に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには遠い昔に見た顔が。
「大学の同期の◯◯です」
すぐに思い出した。昔と変わらない彼がそこにはいた。
「こんなに髭が伸びているのに、よく気づいたね」
私は髭のない昔しか知らないはずの彼にそういった。
「逆に髭だから気づけたんだよ」
どうやら彼はSNSか何かで今の私の姿を知ってくれていたのだ。
彼が乗る電車は私の一本前で、発車まで3分ほどしか時間がなかったが、私たちはその時間でできる最大限の近況報告をした。彼は私が何をしているかについて大まかに把握していたが、私の方は彼については何の情報も持っていなかった。
彼は大学に残って、今では助教授のポストにいるとのこと。「東大の助教授」というと、響きはいいかもしれないが、実際のところは色々大変らしい。発車間際の短い時間では具体的な大変さについては共有されなかったが、楽ではないということだけは何となく伝わってきた。
「自分のブランドをやっているなんて、本当にすごいと思う」
彼からそう言われると、不思議と自分の行いが肯定されたような気持ちになった。同じ言葉でも、誰から出るかによってそれがもたらす効果は大きく異なるものなのだ。
「頑張ってね」
お互いそう声をかけ、彼は新幹線に乗り込み、私は新幹線乗車時の恒例となっている「シンカンセンスゴイカタイアイス」の自販機へと向かった。
ゆっくりと動き出す新幹線の中、メロンアイスを食べながら、あの久しぶりの再会について思いを馳せていた。
いつもそうなのだ。気持ちが沈んでいる時に、必ず何かしらの光がさす。それに“騙されて”、また前を向いて歩いてしまう。その繰り返しなのだ。
そういうことならば、その繰り返しが終わるまで、とことん前を向いて歩もうではないか。溺れかけながらもその度に不思議とタイミングよく息継ぎをして、何とか前へ前へと進んでやろう。
気づいたら外は晴れていた。それは私の心の中をそっくりそのまま天気にしたようだった。
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