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歳の重ね方

ひょんなことから調香師Jean-Michel Duriezとその旧友ふたりの食事会に呼ばれた。ひとりはカメラマンで、もうひとりは元雑誌のライターだった。その食事会の主旨は、そのカメラマンの作品がフランス政府が管理するコレクションに追加されたことのお祝いだった。

私よりも2回り以上も上の3人に囲まれての食事会はなかなか愉快だった。間接的にファッションに携わってきた3人だったので、ここ数十年のファッションの変遷に関する議論で盛り上がった。きっと日本にいたら聞けなかったような内容だったと思う。


その夜に聞いた中で一番面白かった話は、その元雑誌のライターの彼女が、どのようにその職に就いたかについてだった。

彼女は退職してしばらく経っているといっていたので、70歳は優に超えているはずだった。ただ、その上品な話し方とチャーミングな笑顔を見ていると、年齢がただの数字でしかないということがよくわかった。彼女はよく食べよく飲み、そしてよく喋った。

彼女は17歳から働き始めて、その後様々な職に就いた。印象的だったのは、“タバコ配り”の仕事だ。昔はフランスでは、レストランやバーで無料でタバコを配っていたらしい。フィリップ・モリスのキャンペーンガールとして、マルボロカラーのジャケットにショートパンツ、レザーブーツの格好で、駅弁売りのように首から下げた箱の中にタバコを入れてそこにいる人々に配っていた。

職を転々としていた彼女がその時にしていた仕事は、不動産屋の受付だった。ずいぶん暇を持て余していたらしい。そしてその当時付き合っていた男性の仕事が雑誌のライターだった。


「彼に記事を書くように頼まれたの?」

横で話を聞いていたカメラマンが冗談めかして口を挟む。

「もっとひどい話よ」

彼女は続ける。


ある日、彼女のもとに一本の電話が入った。雑誌“Vogue”からだった。彼が執筆して明日入稿しなければならない記事がまだ上がってきていない、このままだと真っ白な4ページを刷ることになってしまう、どうすればいいだろうか、という主旨だった。彼はすこぶる筆が遅く、頻繁に締め切りに遅れていた。今回に至っては連絡すら取れない状況だったので、彼女に連絡が入ったようだ。

「わかったわ、なんとかするから、とりあえず資料を送って」

彼女のもとに届けられた資料は、ある有名人の結婚に関するものだった。その資料を読んで、彼女はどうにかこうにか4ページ分の余白を埋めるべく文章を綴った。もちろん、それまで文章なんてろくに書いたことはなかったのにもかかわらず。

それが無事に(?)出版されたのち、彼女は呼び出しをくらった。「ひどいものを書きやがって!」と怒鳴られるかと思っていたら、「今の仕事を辞めてライターにならないか?」というお誘いだった。

こうして彼女はライターとなり、いくつかの雑誌を転々としながらも、数十年に渡りその仕事を続けることとなる。

なんとも、おおらかというか、不思議な話である。


カメラマンはカメラマンでその職を得るにあたって様々なドラマがあった。どちらの話も、“古き良き時代”を感じさせるものだった。


そんな流れもあり、私もフランスに来てçanomaを立ち上げるに至った経緯を話した。行き当たりばったりで、その一方で運と縁に恵まれたこの10年弱を手短に語ると、ライターの彼女は、

「あなたも私たちと同じね」

と笑った。


その場にいた3人の年齢に到達した時、私は何をしているだろうか…と考えずにはいられなかった。あと30年、「永遠」ではないものの、「あっという間」ともいえないだろう。

その時に私も、この3人のように、素敵な笑顔で過去の出来事を語れているようになっていることを、心ひそかに願ったことは、いうまでもないだろう。


三者三様の素敵な年の重ね方をしているように、私の目には映った。私も後に続こうと思う。


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