今日から秋
今日日曜日はなんだか久々の休みだったような気がした。9月上旬の仙台ポップアップあたりから、国内および海外出張、サロンドパルファンの準備、諸々のミーティングでずっと休みのない中忙しなく過ごしていた。カレンダーに予定が入っていない日というのはいつぶりのことだろう。
自転車で遠出しようかとも思ったのだが、睡眠不足も疲れも溜まっていたので、とりあえず午前中はゆっくりすることにした。お昼前にやおら布団から這い出て、冷蔵庫の余り物で簡単なお昼ご飯を作った。外は晴れているようだったので、とりあえず洗濯機を回した。
このまま1日ダラダラしてもいいなぁ、と、スーパーで買ってきた、きっと今年最後となるであろうシャインマスカットをプチプチと食べながら思っていた矢先、ふと、“洒落たクリップボード”を、サロンドパルファンの備品として購入しなければならないことを思い出した。その時点では“洒落たクリップボード”ということしか決まっておらず、どこでどのようなものを買うべきかについては全くの未定だった。
インターネットで検索をかけてみるも、ピンとくるものはなかなか見つからず、その上実物を見てみないと判断ができなオールドスクールな私ときている。諦めてクリップボードを探す旅に、愛馬ロシナンテ…じゃなくて愛自転車Trek Domane SL5とともに出ることにした。
家を出た瞬間、私の鼻はちょっとした空気の変化を感じ取った、ような気がした。秋を彩るある香りが、ほんのかすかだがそこに混じっているように感じられたのだ。
気のせい、かな…私はそう思い直して、おしゃれクリップボードがありそうなお店へと向かった。
代々木上原、駒場、下北沢…あちこちお店を覗いてみたが、「おしゃれクリップボード」どころか、「クリップボード」すら見つからない。困った。今日日クリップボードはおしゃれなお店にはないのかもしれない。おとなしくオンラインで見つけた“それっぽいもの”を買っておくべきだったか。今から注文したら間に合わないだろう。私はいつも、こうやって墓穴を掘るのだ。
それは下北沢から自由が丘へと向かう途中でのことだった。家を出た時に私の鼻が捉えた、あの違和感の存在を刹那、グッと近くに感じた。自転車を止め、その香りの発生源と疑われる、すぐそばにあった公園に足を踏み入れた。
夕暮れ前、公園の中ではまだ子供達が歓声を上げながら走り回っていた。ロードバイクに髭面のおじさんが立ち入るべき場所ではないことは重々承知していたので、私はあまり目立たぬように、公園の端に沿って抜き足差し足で前進した。
そして、入り口から少し入ったところに生えている低木に、私はそれを認めた。
金木犀だった。まだ咲いている花の数は数えられるほどだったが、その香りははっきりと付近の空気を浸食していた。
いや、付近の空気だけではない。今日私は、東京中のすべての場所に、金木犀の香りが既に侵入していることを密かに感じ取っていた。自転車を漕いでいる間ずっと、ヤツの存在をどことなく感じ続けていたのだ。
よかった。ちゃんと秋はやってくる。
昨年の金木犀は些か香りが弱かったように記憶しているが、今年はこの調子だと私たちの鼻をしっかりと楽しませてくれそうだ。たった数個の花で、東京中を支配してしまっているのだから。
最終的には尾山台のあたりまで行ったが、クリップボードにお目にかかることはついぞなかった。結局私はそこから渋谷まで戻り、ハンズにてようやく眼鏡にかなうものが見つかった。家から渋谷までは自転車でもバスでも高々15分くらいなものなので、今日の私はひどく無駄足を運んだことになる。
ただその無駄足によって、私は東京にしっかりと秋が訪れていることを知ることができた。これからきっと、秋はどんどんその色を深めていき、私たちが気づいた頃にはもう手遅れ、曼珠沙華から始まり、柿、アキアカネ、そして紅葉に囲まれて、真っ赤になってしまうのだ。
クリップボードをリュックに押し込み家に帰り、荷物をおいてそのままスーパーへと向かった。まだ若干青さの残る柿をふたつとナスを買った。夕飯はナスの揚げ浸しと揚げたこ焼き(こちらの記事を参照)にし、食後に柿を剥いた。中はしっかり秋色に染まったそれを、私はじんわりと噛み締めた。
私の中で、秋が始まる音がした。
素敵な季節がはじまる。
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