出国前のバタバタとかドタドタとか
ガラガラの京王新線の中、ふたりの女性が乗車してきた。それぞれ青と黒の膝上丈のコートの下からは黒いストッキングを纏った脚が生え、その先端には中途半端な高さのヒールがついている。ふたりともロンシャンのナイロンバッグで、青いコートのそれにはシナモロールのぬいぐるみがぶら下がっている。ふたりとも立ったまま、敬語のまま話している。青コートの化粧がいささか濃いのを見るにつけ、ふたりは仕事の面接で一緒になり、帰り道意気投合したものと見受けられる。吊り革につかまりながら揺れる青コートに必死にしがみついているシナモロールが心配になる。
私は蔵前でのミーティングに向かう途中で、最近買った上坂あゆ美の短歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』のページを手繰っていた。
きっと彼女たちにもそれぞれ事情があるのだろう。その事情が深刻なものでないことを祈る。
3駅ほど乗って、ふたり揃って降りていった。後ろから見るとふたりの姿は色違いの双子のようだった。背丈、髪型、肩の丸み、服装も色違いの同一商品のように見えた。ただ、ふたりの間にはどこか初対面の空気が流れていた。
明日火曜日は早朝のフライトでパリに向かう。上海を経由して、計17時間半の旅路となる。昨晩あらかた準備を済ませたので、今夜はゆっくり過ごせるはずなのだが、出発前日はいつだって落ち着かない。忘れ物があるかもしれないし、日本でやっておかなければならなかったことをすべて片付けられたか不安だ。明日朝寝坊しないか、フライトに間に合うか、予定通り飛行機が飛び立ってくれるか、つつがなくトランジットできるか、隣に変な人がいないか、飛行機の中で気持ち悪くならないか、墜落しないか…そんなことを考えながら、溶けゆく時間で私は、羽をもがれた蝶のようにあたふたしている。
蔵前でのミーティングの後は月島に向かう用事があったが、それが急遽キャンセルされたことで今日という1日に少し余裕ができた。とはいいつつ、そんな2時間程度の猶予は羽のない今となっては何の役にも立たない。やるべきことに優先順位をつける心の余裕すら失ってしまっているのだから。
今回のフランス滞在は1ヶ月ちょっと。最初の1週間はファッションウィーク関連の仕事でてんやわんやし、最後の1週間はミラノで行われるフレグランスの展示会の視察やアテンドの仕事でバタバタする。その間に暦の上では春になり、私は37歳を迎える。
37歳…36歳と違って、しっかりくっきり“アラフォー”だ。素数だし。
日本からフランスに向かう時も、フランスから日本に帰ってくる時も、私はいつも、不安に苛まれながらも切ない気持ちになる。高々15時間程度のフライトで行き来できる場所なのだから、何も感傷的になることなどないのだが、また次に戻ってくる時には季節が変わってしまっているためなのか、あるいはもう戻って来れなくなってしまう可能性を思うからか、私の心は別れのニュアンスで満たされてしまう。
そこにめんどくささが乗っかってくるものだから、出国前はとかく気が重い。行きたくない、お布団でぬくぬくしていたい、とぐずりだす。今まさにそういう状況だ。
そんな中、ミーティングから帰宅後に、財布が見当たらないことに気づく。バッグの中にも、テーブルの上にもない。最後に財布を出したのは、近所のコーヒー屋で豆を買った時。急いでコーヒー屋に戻るも、そこに財布はなかった。
帰宅後に改めて探してみると、テーブルの上の死角にちんまりといやがった。財布め、ただでさえ気が沈んでいる今日に限ってそんなくだらないかくれんぼをして。そんなのに付き合う暇も余裕もないのに。
簡単に夜ご飯を済ませた私は、今日中にやっておかなければならないことがあれこれあることを思い出した。夜9時を回っていたが、駅と銀行ATMとドラッグストアに行かなければならなかった。外はパラパラと雨が。どうしよう、パッと自転車で行くか、それとも傘をさして歩いていくか。
逡巡しているうちに雨が上がった。自転車で行くことにしよう。自転車に乗れば気分も晴れるかもしれない。
自転車で代々木駅まで来た。駅前の駐輪場に止めて、あちこち探してみたが、みずほ銀行のATMが見つからない。
それもそのはず。なんと駅構内、改札入ったところにあったのだ。
結局参宮橋まで移動し、とりあえず全ての用事を済ませた。
家に帰ってきたのは夜10時半ごろ。最後のパッキングをしていたら、途中でスマートフォンの充電器が故障し、コンビニまで急いで買いに行く羽目になった。今夜はとことんツイてない。なんだかお腹も痛いし。
明日は3時半ごろに起床予定。ただいま夜11時57分。私は今、お風呂に入りながら今日のnoteに最後の筆を入れている。
例によって出国の直前は私のおっちょこちょいが遺憾無く発揮される。いつだって私は最後にバタバタしてしまうのだ。ただ今日は、いつもより早くnoteが書き上がりそうだ。よかった。家で3時間寝て、あとは空の上で爆睡しよう。
次の更新は何もなければパリからの予定だ。無事に到着することを、祈っていてね。
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