タクシーの甘美
名古屋ラシックでの「サロンドパルファン2024」の初日は思いがけず好調な滑り出しだった。接客数自体は多くなかったが、昨年来てくれたお客さんたちが「新作が気になってて」と足を運んでくれた。
朝9時から設営で、11時の開店後あまり休憩も取らずに夜9時までの接客だったので、接客そのものは楽しかったのだが、最終的にはさすがに疲れ果てていた。明日は名古屋の近くで朝からミーティングがあるので、今夜は名古屋駅近くのビジネスホテルに泊まることになっていた。
夜9時過ぎにラシックを出た。Googleマップによると、そこから少し歩いたところでバスに乗ると、ホテルのほど近くに着くとのことだった。よかった、これでスーツケースを引きずって長々と歩くことも、荷物を抱えて階段を上り下りする必要もない。私はマップが指し示すバス停へと向かった。
ところがそこにバス停は一切見当たらなかった。まわりをうろうろとしても、それらしきものすら目に入らない。
そうこうしているうちに、私が乗る予定だったバスが無惨にも目の前を通り過ぎていった。右往左往した末の出来事だったので、それまでの疲れがドッと出て、地面に座り込みたい気分になった。
「タクシーに乗っておけば…」
そんなことを心の中で呟きながら、私は今朝の出来事を思い出していた。
朝5時に起床した。前日は遅かったので、4時間ほどしか眠れなかった。準備をしたり朝ごはんを食べたりしながら、朝7時前の新幹線に乗るためには6時ごろには家を出なければ…と考えていた。
家から東京駅までの電車での行き方は2通りある。前後かなり歩くが地下鉄1本で行く方法と、歩く距離そのものは少ないが新宿駅でごたごたする乗り換えをしなければならない方法だ。一長一短で、いずれにしても東京駅に着く前に疲れてしまう。早朝の電車も駅も混んでる時間帯であれば特に。
可燃ゴミの日だったのでゴミ袋を出そうと外に出た時にはじめて、秋雨がしっとりと降っていることを知った。
その時、私の心は折れた。
「今日はタクシーで行こう」
そう思った。
以前どこかに書いた気がするが、私は元来あまりタクシーが好きではない。その合理性が明確である時は乗るが、なるべくならば避けたいと常々思っている。
いくつか理由はあるが、一番大きなものは、「目的地に行く」という動機に対して、タクシーで得られる利便性が、公共交通機関での移動で節約できる金額と比べて過小だと感じている、というものだ。急いでいなかったり荷物が多くない場合、公共交通機関で十分だと思うことが圧倒的に多いのだ。
だから今朝も電車で東京駅に向かおうと考えていた。ただその日は、大きな荷物、寝不足、疲労に加え、秋雨がトドメを刺した。ずぶ濡れになって向かった後に設営と10時間の店頭接客は、私のキャパシティを超えているように思われた。
配車アプリで家の前までタクシーを呼んだ。「新人です。ナビを見ながら運転します」と書かれた下げ札が助手席の後ろにかけられていた。
「東京駅の八重洲口までお願いします」
新人運転手の彼は、「八重洲口」がイマイチわからなかったようだが、なんとか地図で見つけたようだった。
走り出してしばらくして、私は目を瞑った。眠るつもりはなかったが、ほんの刹那、夢を見ていたようだ。どこかのシックな洋服屋で、カラフルなスーツを試着していた。その日に実際に私が着ていたものは、その正反対のモノトーンのシャツとパンツにスニーカーだった。
新幹線が出発する20分前に東京駅に着いた。なんと快適な道中だっただろうか!そういえば家から東京駅までをタクシーで向かうこと自体がはじめてのことかもしれない。4,000円ちょっとと、思っていたよりも高かったが、今朝に限っては価値のある出費だったと思う。
名古屋でバス停が見つけられずに途方に暮れていた私は、今朝のタクシー代への小さな“罪悪感”から、どうしてもバスでホテルまで向かいたかった。だからスーツケースを引きずりながら1駅歩き、そこで見つけた停留所からバスに乗った。バスは案の定、Googleマップが示した位置からいささか離れた場所で私を降ろした。それはホテルから微妙に遠い場所だった。
やはり最初からタクシーに乗っておけばよかったのだろうか。それとも今朝タクシーに乗ったことの“罰”を受けているのだろうか。
いずれにしても私は、今朝のタクシーの甘美を思い出しながら、ホテルまでの道のりを、空腹を抱えながらとぼとぼと進んだ。
何も躊躇せずにタクシーに乗り込むようになる日が、私にも訪れるのだろうか…そうだとすると、それはそれでなんだか切ないような気がする…
そんなことを考えているうちに、無事にホテルに到着した。
結局、これでよかったような気がした。これまでも、これからも。
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