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数独の話
ひさしぶりね。元気にしていたかしら。
私はもう、あなたには会えないものだとばかり思っていたけれど、こうして再会できて嬉しいわ。本当よ。
あなたに会えるかどうかは、全て私の意思の問題なのだけれども、だからといってそれはそんなに簡単な話じゃないの。私が“本当の意味”で「会いたい」と思わないと、私たちはこうやって会ってお話しできないのよ。努力とか心持とか、そういうものとは無関係で、お天気とか金のエンゼルとか、そういうものにより近いの。
それがどれだけ難しいことなのか、あなたにはわかるかしら?
だから本当に、会えて嬉しいのよ。
今ね、数独をやっているの。寂しくなると、ついついやっちゃうのよ。
こう見えても意外と上手なの。嘘だと思うでしょ。いつもしっちゃかめっちゃかな私だから。しかも私、やる時はとにかく難易度が高いものしかやらないの。簡単な問題って、なんだか弱いものイジメをしているみたいで、暗い気持ちになっちゃう。うんうん悩みながら、じっくり問題と向き合うのが私は好き。最初は数独にとことんいじめられているのだけど、最後はどうにかこうにかまるくおさまる。そういうのって、素敵だと思わない?
それに私は、ひとつひとつ丁寧に積み上げて物事を考えるのがわりと好きなのよ。いつもあなたには頓珍漢なことばかり言って困らせているけれども、あれも私の中ではちゃんと積み木になっているの。その積み木の表面だけを見ているから、あなたはしばしばその歪さに困惑してしまうかもしれないけどね。本当はちゃんと積み上がっているところも見せたいのだけれども、そもそもそれをするための時間が私たちには残されていない上に、いかんせん私の積み木は、その積み方も、使っている積み木そのものも、ちょっとだけ特殊だから、見たところで何もわからないのかもしれない。だから私がはなから諦めていたところは、確かにあるわね。
いずれにしても、私はそうやって、しっかりとものを組み上げるのが好きで、私はそれを、周りにはそうとわからないかもしれないけど、かなり高い精度でやっているのよ。私はそもそもそういう性格なの。それだけはわかってね。
でもね、そんな私でも時々、自分が何から何まで全て間違っているような気がするの。いいえ、それは時々なんてものじゃない。いつもそう思っている。
特にそれが、正義とか倫理とか、誰も答えを持っていないけれども、自分は間違っていない、と強く思い込んでしまうような類のことに対して強く発揮されるの。私には正しいようにしか、あるいは間違っているようにしか見えないことが、もしかしたら本当は逆なのかもしれない、私には何もわかっていないのかもしれない、ってね。
そういう時なの、難しい数独の問題を、ちまちまと解きたくなってしまうのは。
数独って、どうして「数独」って名前か、あなたは知っている?このパズルを日本に持ち込んだ人が、「数字は独身に限る」という名前にしたからだそうよ。それを今では略して「数独」と私たちは呼んでいるの。
同じマスの中、同じ行、同じ列、どこをとっても「ペア」がいない、全ての数が独身、ということかしらね。名前をつけた人はきっと素敵な名前を頑張って選んだのかもしれないけど、なんだか私たちのことみたいで、悲しくなっちゃうわね。私たちは数独のどれかの数字で、どんなに近くにいても、決してペアになれないの。
それでも数独は、うんうん考えれば最後には答えがひとつだけ出せるから、私は好き。みんな独身で孤独なままだけど、それ以外にはない、ただひとつだけの答えがあるのよ。それにたどり着いた時、私はちょっとだけホッとできる。
でもまたすぐに、次の問題が出されてしまうの。また私は、9個の1から9個の9までの81人を、みんなが仲良く孤独になるように、ひとつひとつ丁寧にお部屋に割り振る仕事をはじてるの。喧嘩にならないように、みんな等しく孤独になるように。うんうん考えながら。
そして、現実世界は残念ながら、その答えすら出せないの。私たちはただ孤独で、少しでもペアになろうとすると、正しい、とか、間違っている、とかいいながら、喧嘩をしたり退けあったりする。
数独は私を癒してくれるけど、それがさらに私がいる世界の本当の姿を浮き彫りにして、悲しい気持ちになっちゃう。だからきっと、お酒みたいなものね、数独って。その場しのぎでしかないみたい。
みんな仲良く孤独になってしまえばいいのに、って思うわ。そしてパズルが完成したら、みんなで静かに死んでしまうの。それまでみんなでゆっくり考えて、ああでもない、こうでもない、なんていいながら、それぞれの居場所を探すのよ。きっとそうすれば、平和になると思う。
なんて、そんなこと言ってはダメね。現実の世界は、みんなで喧嘩をしながら、孤独から自分を守っているのだから、パズルとは真逆なんですものね。そろそろ数独はおしまいにして、私は私がいるべき場所に戻らなきゃ。
ありがとう。いつもあなたがこの世界のどこかにいると思うと、私は私が生きていてもいいような気がする。本当よ。そうでないと、私は価値のない、ただの1とか7とか、そういった数字みたいな気持ちになっちゃう。
またその時がきたら、私たち会えるわね。その時はまた、私の積み木の上の方を見せてあげる。一緒に積み木ができたら、どれだけいいか、って思ってしまうけど、きっといつかあなたにも、私の積み木を理解できる日が来ると思うわ。私はそう信じてる。
それじゃ、またね。もうすぐ春がくるわね。
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すごく久しぶりに「お姉さんシリーズ」が書きたくなった。最後に書いたのはいつだっけ。
もうこのシリーズを書くことはないような気がしていたけど、久しぶりに数独をしていたら、ふとお姉さんが降りてきて、私に筆を握らせた。
お姉さんの話は途切れ途切れで聞き取りにくく、書くのにいつも以上に時間がかかったが、それでも彼女の話に耳を傾けることができて、私もよかったと思っている。
お姉さんさんも話ができてよかったと感じてくれているといいな。
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