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生きていれば69歳

親愛なる母へ

お元気ですか?彼岸前の東京はまだ厳しい残暑です。あなたのいるところはいかがでしょうか?きっと快適なのでしょう。

このようにたまにオンライン上にあなた宛の手紙を公開していますが、天国には届いていますか?そちらでもWi-Fiが使えるようになっているかもしれないと思ってのことですが、いかがでしょうか。

「天国に届いているかも」などという発想を馬鹿げていると感じる人も多いかもしれませんが、それでも私は定期的にこのような記事を書いていこうと思っています。だって、死後の世界のことなんて、こうして生きている私たちには誰にもわからないのですから。もしかしたらこのように書いている今まさに、あなたは私の後ろにいて、ニコニコしながら読んでいるかもしれませんしね。


まずは、お誕生日おめでとうございます。もしあなたが生きていたら、69歳の誕生日ですね。1年半前に旅立ってからあなたがどのように歳をとるのか、あるいはとらないのかはよくわかりませんが、亡くなっても今日は私にとって特別な日のひとつのままです。

あなたの旅立ちの後しばらく、私は「生きること」についてよく考えていました。あなたにとって「生きる意味」とは何だったのか、そもそもそんなものはあったのか、私にとってはどうなのか…などの問いに対し、考えては仮の答えを出し一時的に満足し、またすぐにその仮の答えを否定して考えに沈み込み、ということを繰り返していました。なんだか、溺れかかった人みたいですね。

結局それの最終的な答えには辿りつかないまま、私は最近、別のことを考えるようになりました。

それは、「死ぬこと」についてです。

病床に伏したあなたは、私に何度も「死は怖くない」といいましたね。私はその言葉を、私への気遣いか、あるいは最後の“強がり”のようなものだと捉えていた節があります。

ただ、今になって、あなたは本当に死を恐れていなかったのではないか、と思えてなりません。


ふと思い出したことがあります。私がまだ学生だった頃です。

あなたは私に、年金の早期受給について相談してきました。「どうせそんなに先は長くないから、早くもらい始めた方が得かな、と思って」とあなたは言いました。

早期受給による減額を考慮して計算してみると、予定通り年金を受け取った方が“お得”になるのは、75歳を超えて生きた場合でした。

「絶対そんなに生きられないよ。多分65歳くらいまでだと思う。それだったら早く年金もらい始めよう」と、あなたはその計算結果を見てすぐに早期受給を決めました。

そしてあなたは67歳で旅立ちました。

あなたと私は、あなたの死について、かなり早いタイミングから話していましたね。その時の私には、あなたがそう長くは生きないことについての実感が全くありませんでした。一方できっと、あなたは死の“手触り”のようなものをすでに敏感に感じ取っていたのでしょう。そして、死をタブー視せず、きちんとそれと向き合っていたあなたのその姿勢は、最後まで変わることはありませんでした。

私は私があとどれくらい生きるのか見当もついていませんが、あなたのことを思い出すたびに、死への恐怖がほんの少しずつ軽減されていくように感じます。それに伴って、いわゆる「欲」と呼ばれるものが、自分の中で徐々に薄くなっていくような気がしています。それがいいことなのかはよくわかりません。「生」への興味が希薄になっている、とも考えられるでしょうから。

ただ、それによって私はちょっぴり生きやすくなったように感じています。遅かれ早かれお迎えがくるのであれば、何に執着する必要があるのだろうか?そのように思えてきました。もちろん、まだまだあれやこれやへの執着は捨てきれていないのですが。


そういえば、先日こんな夢を見ました。

大学生の頃にほんの短い期間だけ付き合っていた素敵な女の子とドライブをしています。運転しているのは彼女です。ショッピングモールの中に入っているスーパーに着いた時、その子はあなたになっていました。あなたはしっかりとした足取りですたすたと歩いています。私はその夢の中で、あなたがもう死んでいることを知っていたようですが、そうやってきちんと歩けることに驚きと喜びを隠せず、「ちゃんと歩けるんだね…」と言いながら号泣してしまいます。あなたは、「疲れちゃったね」と言って、エレベーターホールのところで座り込みます。

こんな短い夢でしたが、久々に夢の中であなたに会うことができました。とても嬉しかったです。


私はこの手紙を、パリにいくフライトに乗る前に書いています。あと1時間弱で離陸です。

投函はパリについてからにする予定です。あなたのところまでWi-Fiが通っているのであれば、どこから投函しても同じでしょうから。


改めて、69歳の誕生日おめでとうございます。直接お祝いを伝えたいので、ご都合のつく時に、ぜひまた夢の中に出てきてください。いつでも歓迎です。私がお昼寝をしている時でももちろん構いません。

そろそろ飛行機に乗ろうと思います。無事にパリに着くことを祈っていてくださいね。


それでは。

裕太より


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