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FAEMA E61の思い出

上海の浦東空港を経由してパリに向かう途中にこの記事を書いている。今は中国時間で27日の夜8時半。パリ行きのフライトは深夜0時過ぎに出る。この3時間ちょっとで記事ひとつ書けるとパリ到着後に多少楽になるとの思いで、とりあえず筆をとったところだ。

ところで、中国からアクセスできないサイトがあれこれあることは知っていたが、noteにもアクセスできないとは思ってもみなかった。今私はiPadのメモ帳に向かってこの文章を書いている。

浦東空港での手荷物検査を終え、とりあえず搭乗ゲート近くまで向かう途中、あるカフェの中にあるエスプレッソマシンが目に入った。

FAEMA E61だ。

私がその浦東空港で人々にエスプレッソを提供しているレトロなデザインのマシンを見るのは、きっと初めてのことではない。


浦東空港に初めて来たのは2010年の夏のことだった。大学院の海外研修を終え日本に帰るためのフライトにここで乗った。

海外研修は北京から始まり、その後深圳、上海と移動して中国企業の視察や現地学生との交流をした。1週間くらいの日程だっただろうか。

とある企業が旅費等を全額スポンサードしてくれていた。ただ、当時の私たちは、そのありがたみなど微塵も理解できていなかった。その前年までは海外研修先がシリコンバレーだったこともそのひとつの理由だったかもしれないが、それを抜きにしても私たちは未熟にも程があった。

「私たち」の中のひとりである「私」のことを思い出してみると、顔から火が出てしまう。その詳細についてはあえてここでは書かないが、私は多くの人に迷惑をかけ、不快な思いをさせたことだと思う。私には「最近の若い人」についてあれこれいう権利はどうやらなさそうだし、現状にしたってあるいは当時とあまり変わっていないのかもしれない。引き続き迷惑やら不愉快やらを撒き散らしながら前進している。

海外研修を終え日本に帰る浦東空港で、私は「FAEMA E61」というエスプレッソマシンを目にしたことをとてもよく覚えている。エスプレッソマシンの中では比較的マニアックだと思われるが、それは私が大学生の頃にアルバイトをしていたエスプレッソバーで使用していたマシンと同じモデルだった。浦東空港の大きな出発ロビーのシックなカフェでそのマシンはキラキラと輝いていた。そのマシンが強く印象に残っているのは、目新しいものばかりの海外研修の中で、唯一の馴染み深いものだったからかもしれない。


あれから13年半ほどになるが、FAEMA E61は健在だった。このマシンの粘着質なマニアが浦東空港にいるか、浦東空港ではこのマシン以外の使用が禁止されているかでないと、そう何台もあるマシンではないはずだ。同一個体と見て差し支えないだろう。

このマシンが目に入った時、上記の海外研修のことが思い出された。そしてその後に、「あの頃の恥ずかしい私」が遅れてやってきた。

そんな恥ずかしさに包まれた私は、それをかき消すべくあのマシンのコーヒーが飲みたくなったので、いそいそとカフェに入った。カフェには記憶にあるシックさは皆無だったが、エスプレッソマシンはピカピカだった。

マシンがピカピカである理由はマシンを操作しているバリスタの手元が見える場所に陣取ったことですぐにわかった。取り扱いがとても丁寧なのだ。FAEMA E61はボタンではなくてレバーで操作するレトロなマシンなのだが、そのレバーの上げ下ろしがとても柔らかい。フォームミルクも、液面をよく観察し、チリチリという音が温度上昇とともに変化するのにきちんと耳を傾けながら作っている。そして、エスプレッソを一杯抽出するたびに抽出口を綺麗に掃除している。

愛されているマシンだった。


コーヒーを注文する前に、幾分空腹だったので海南鶏飯を注文することにした。海南鶏飯は日本でしか食べたことがなかったが、今まで私が食べてきたものとは異なった感性で作られたものであることがよくわかる、とても美味しいものだった。

食後のコーヒーはラテにした。せっかくなのでフォームミルクも味わいたかったのだ。

髪を短く切りそろえた中年男性のバリスタは、マシンに向かうと真剣ながらもどこか柔らかい表情になった。エスプレッソはとろみを伴い、フォームミルクな滑らかさと共に、彼の手によって生み出されたことが容易に想像できた。

キリッとした苦味のエスプレッソと、甘く柔らかいミルクの相性は抜群だった。海南鶏飯のようなエキゾチックさはなく、ただ純粋に美味しいラテだった。


きっと私も、この13年半の間、あのエスプレッソマシンのように愛されてきたと思う。そうでなければ、こんなに迷惑と不愉快を撒き散らす生き物はすぐにでも抹殺されてしまっていたはずだ。

大学院生の頃よりも、少しはまともになっただろうか…私はラテを口に含みながら、そんなことを考えてみた。

きっとそうだ、まだまだ迷惑と不愉快は尽きないが、以前よりかはだいぶ“マシ”になっている。私は、そう信じている。海外研修の私を、少なくとも「恥ずかしい」と思えるようになっているのだから。


さて、あと1時間ほどで搭乗時刻だ。空港の中を少し散歩してから、12時間のフライトに備えよう。

まだまだ先は長い。


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