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普通じゃない仕事

京都伊勢丹で開催中の「サロンドパルファン2024」は3日目が終了した。

残すところあと3日、これから本番の金土日。今のところ昨年以上に多くの方にお越しいただいていることもあり、ひとりでの接客に少し不安を覚えるが、最後までしっかりとひとりひとりに対応しようと思う。


今日の営業終了後は、ホテル近くの居酒屋で軽く夕飯を食べ、近所のコインランドリーまで溜まっていた洗濯物をしに行った。最寄りのコインランドリーの洗濯機は全て稼働中だったので、そこからさらに少し歩いたところにあるもうひとつのコインランドリーまで向かった。そこでは外国人観光客5人ほどが各々時間を潰していた。こちらもなかなかに混雑していたが、ひとつだけ空いている洗濯乾燥機を見つけ洗濯物を放り込むことができた。夜10時過ぎのことだった。

洗濯終了まで1時間。私はその近くにある銭湯に行くことにした。さすがに連日の店頭接客で疲れていたので、サウナにでも入ってスッキリしようと思ったのだ。

夜の九条、住宅街の道は思いの外暗く入り組んでいた。人気はない。狭い道を通る際に玄関の電気が急に灯りはっと息をのむ。何か悪いことをしたような気持ちになる。


銭湯の前に着くと、なんと「11月13日から15日まで休業します」の貼り紙が。ツイてない。しょうがないのでコインランドリーまで戻ることにした。

とはいいつつ、その時点で真っ直ぐに戻ってもコインランドリーで待ちぼうけを喰らうだけだったので、私は写真を撮りながらのんびり引き返すことにした。


元来たのとは違う道を選び、カメラ片手にゆっくりと歩いた。髭面にミラーレスカメラ、誰かに見られたら不審者と勘違いされかねないと懸念されたが、幸いにも誰ともすれ違わなかった。念の為書いておくと、不審者面かもしれないが、やましいことは何ひとつしていない。


洗濯機を回しはじめた時は外国人観光客で席が埋まっていたコインランドリーには、ひとしきり写真を撮って帰ってきた後は中年の日本人男性がひとりだけになっていた。

乾燥が終わるまでまだあと20分弱あった。テレビでは日本及び世界の異常気象についてのニュースが流れていた。専門家は「異常気象が“異常”でなくなる日が来るかもしれない」と深刻な顔で語っていた。


「その髭、どのくらい伸ばしているの?」

大量のタオルを畳みながら、中年男性が私に話しかけてきた。

「ちょうど1年半くらいです」

私は答える。

「そんな短期間でそこまで長くなるんだね!」

「私は伸びるのが速い方みたいです。普通の人はこんなに広い範囲で髭が生えなかったり、途中で長さが止まったりするようです。だから男性にはとても羨ましがられます。女性からの評判はすこぶる悪いですが」

私はここ数ヶ月何度となく尋ねられた質問に対し、“定型文”で対応した。やはりここまでの長さになると、皆あれこれ聞きたくなってしまうようだ。

髭から生まれるコミュニケーション…うん、悪くない。少なくとも私は嫌いじゃない。


「やっぱり、普通の仕事じゃないんだよね?」

少しの間ののち、そんな質問が飛んできた。

「そう…ですね。普通じゃない、といえば普通ではないかもしれないですね。少なくともサラリーマンではないです」

「そうだよね、会社勤めだとその髭はダメだよね」

私たちの会話はここで終わった。


幼女への性的虐待に関するニュースが流れる中、私は「普通」という言葉について考えていた。

私の仕事は、普通ではないのだろうか。丹精込めて作ったものを心を込めて販売するこの仕事は、一般的とはいえないのだろうか。

もちろん、彼がそういう趣旨で「普通」という言葉を使った訳ではないことはよくわかる。ただ私は、ひたすら大量のタオルを畳む彼の仕事もまた、普通ではないのだろう、と思わずにはいられなかったし、もし世の中に「普通の仕事」なるものが存在するとしたら、それはどんな内容なのか、とても気になった。髭を剃ってスーツを着て決まった時刻に出勤する仕事が「普通」ということではないだろう。どんな仕事もそれなりに特殊なはすだ。


乾燥が終わる頃、私は「普通」というのは当たり前に存在しているようで、実はどこにもないのではないか、という仮説に到達していた。異常気象や異常性欲に対して、「普通気象」や「普通性欲」はきっとうまく定義づけられないはずだ。

みんな多かれ少なかれ「異常」なのだ。結局のところ程度問題なのだろう。


京都伊勢丹での「サロンドパルファン2024」の残りの3日も、きっと1日として「普通」の日はないはず。残りの異常な3日間を、異常な仕事をしている私は、異常な接客で、異常に乗り越えようと思う。


来てね。待ってます。


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