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日本寄り、フランス寄り

「日本語で話す時とフランス時で話す時、どっちの方が自分らしく感じる?」

ボルドーからパリに来ていたフランス人の友人に、こう尋ねられた私は少し考えてから以下のように回答した。

「やっぱり日本語かな。大人になってからフランス語を習得したこともあって、どこまでいってもフランス語を自然と話せている感じはないんだ。なんというか、“頑張って喋っているいる”気がするんだよね」

そんな彼女は、彼女にとっての外国語である日本語の方がより“彼女らしく”感じるようだ。長いこと日本に住んでいて流暢な日本語を話す彼女にとって、日本語、あるいは日本というのは彼女本来の性格にフィットしているということだろう。

不思議なもので、彼女の日本語はアクセントまで含めてかなりのレベルなのだが、私たちが話すときはフランス語の方がより自然に感じる。その日も私たちはフランス語で会話をしていた。


この日私たちはとあるミーティングに一緒に参加する予定になっていたが、それまで少し時間があったので、パリのことをあまり知らない彼女と一緒に少し散歩をすることにした。

「パリは“庭”だからさ、案内は任せて。ただ、この庭は広すぎて、所有者である自分自身も全部は把握していないんだけどね」

私は冗談まじりに彼女にいった。こういうくだらない冗談に笑ってくれるところが優しい。


歩きながら、私たちはパリのあれこれについて話した。ちょうどファッションウィークのタイミングということもあって、普段は地味な人ばかりのパリだが、その日は派手な格好をした海外からのバイヤー達がところどころで目立っていた。

「私の友人のアメリカ人男性がね、女性が一番綺麗な場所はパリだ、っていってたの」

彼女はいう。

「元軍人で、世界中を旅行したんだって。もちろん日本にも。その中での結論らしいよ。ただ、今日見た感じだと東京の方が綺麗な人は多いね」

私は少し驚いて見せてから、こういった。

「その彼、もしかしたら夏にはパリにしか行かないで、その他の場所は冬に訪れたんじゃない?きっと薄着の女性が好きなんだよ」

彼女は笑った。

こんなことをいうのは野暮なのはよくわかっているが、もちろん私はくだらない冗談としてそれを口にした。


ミーティングが終わり、彼女を適当なところまで見送ってから、私はひとり家路についた。家の最寄りまで行く電車がなかなか来ず、私はAusterlitz駅のホームで待ちぼうけをくらった。


冒頭の「日本語とフランス語、どっちの方が自分らしく感じるか」という質問について、電車を待ちながら改めて考えてみた。それまで私は、どちらの言語で話しても「私は私」だと感じていたし、当然日本語の方がずっと流暢だから、その意味で先の質問には「日本語」と回答した。

ただ、その日私が放ったくだらない冗談を、私は日本語で話すときも口にするだろうか、とふと考えてみた。きっとしないはずだ。特にふたつ目のものは、そもそもそんなこと思いつきもしないだろうし、もし仮にその冗談を思いついてもあれこれ気にして口にしない、という選択をとっただろう。

ということは私は、フランス語で話しているときの方がより自然に、思ったことを口にできている、ということなのだろうか。その言語の運用能力からくる不自由さはあっても、“らしさ”という点ではフランス語に軍配が上がるのかもしれない。


フランスで6年過ごした経験から、私はやはり日本により居心地のよさを感じる、ということがよくわかった。もう一度フランスに住みたい、とは正直あまり思わない。

ただし、香りの制作に限っては、フランス以外の場所ではうまく取り組めない。インスピレーションソースが日本に関するものであったとしても、クリエーションとなるとそれをフランスに持ち帰らないとうまく形にすることができないのだ。さらにその際に使われる言語もフランス語の方がしっくりくる。

このことはつまり、私の中の少なくともある部分はフランス語及びフランスの方が自然に感じられる、ということなのかもしれない。香りに関することなのか、あるいはクリエイティブなこと全般なのかは定かではないが、それがいまだにフランスと日本を行き来し続けている理由なのだろう。


私の中のどれほどの割合がより“フランス寄り”なのかはよくわからないが、概ね“日本寄り”だと思われていた私自身が、実は思いの外“フランス寄り”なのかもしれない、などとぼんやり考えている間、電車は私をどこかへと運び続けていた。


私はどこで下車するべきか、よくわからなくなっていた。


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