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スーツと香水の不思議なお話
最後にスーツを着たのはいつのことだろうか、と思い返してみた。
1年半ほど前に、とあるフォーマルな式典に呼ばれた際、慌てて礼服を購入して着用したが、あれはスーツとはまた違うだろうか。
それより前だと、7年前、パリで就職活動をしていた時になるはず。今思うとスーツなんて着る必要はなかったのに、当時の私はまだ金融機関での感覚が抜けていなかったのか、きちんとしたビジネススーツにネクタイで面接を受けていた。実際にインターンをすることになった会社の人から後で、「コテコテのスーツで着たから真面目すぎてアーティスティックな感覚がない人かと思った」と言われたほどだった。
この仕事を始めてかれこれ5年ちょっとが経過した。最初の頃はもうスーツなんて着ることはないだろう、程度に考えていたが、37歳になった今、折に触れてスーツが必須ではなくてもベターである状況が出てきた。シックなレストランでの会食、少しかしこまった式典、百貨店での店頭接客など、「フォーマルとカジュアルの間、ちょいフォーマルより」の服装が求められる場面においては、スーツを着てインナーや足元で“ハズす”というのが一番適切であるように感じている。
そんなわけで、ここ半年ほど、ビジネス感はないもののある程度フォーマルにも見えるスーツをあれこれ探していた。
そして、最終的に辿り着いたのが、Yohji Yamamotoのスーツだった。モードすぎず、ゆるすぎず、ビジネスすぎず、の、私がちょうど探していた塩梅のジャケットに、同素材の様々な形のパンツを合わせることができるものだった。私は少し緩いシルエットのパンツを選び、フォーマル感を抑えるコーディネートにした。
表参道のYohji Yamamotoの店舗で試着した際、そこの販売の男性の方がとてもいい人で、色々話し込んだ。もう25年ほど当ブランドで働いているようだったので、「Yohji Hommeという香水、ご存知ですか?実は私、その香水を作った調香師と一緒に働いているんです」と話してみた。
1999年に発売されたYohji Hommeは、調香師Jean-Michel Duriezの出世作のひとつとなった。コーヒー、リコリス、ラム酒のアコードは男性向けフレグランスの新しい提案だったのだ。
「もちろん知っています。まだ発売当時のボトルを持っているくらいです。今度持ってきますので、ぜひ試してみてください」
その日は私に合うサイズが欠品していたので、後日再訪した際に香りを試すことを約束した。
パリから帰ってきたその日に表参道のYohji Yamamotoに足を運んだ私は、その“約束”のことをほぼ忘れかけていた。
前回対応していただいた店員さんに私のサイズのジャケットを出してもらい(サイズはピッタリだった)、パンツもあれこれ提案していただいて、最終的に購入に至った。
会計を待っている際、彼が奥から何やら持ってきた。
Yohji Hommeだった。廃盤になって久しいこともあり、久しぶりにお目にかかった。
「ぜひ嗅いでみてもらえませんか?」
“約束”のことを思い出したのは、その時だった。
香りを試しているちょうどその時、調香師Jean-Michel Duriezから「日本には無事に着いた?」というメッセージが届いた。
せっかくの機会なので、電話をかけてみた。電話に出た調香師に、Yohji Hommeのバックストーリーが何かあれば話してくれないか、とお願いした。
(注:Yohji Yamamotoは当時、Jean Patouというフレグランスブランドに香り制作を依頼していた。調香師Jean-Michel DuriezはJean Patouの専属調香師であった)
「これは私がJean Patouの調香師に就任してから、Jean PatouのUn amour de Patou、Yohji YamamotoのYohji Essentialに次ぐ3作品めだった。Jean Patouに就任後、社長との最初のミーティングで、私はどういう香りを作ってきたか、どういう香りに個人的に取り組んでいるかを紹介したんだ。その中にYohji Hommeの原型となるアコードが入っていて、社長はそれをいたく気に入っていたよ。
それもあって、Yohji Yamamotoが出す最初の男性向け香水として、いいアイディアだと思ってそのアコードを使ったんだ。そしたらYohjiチームからはとにかく不評で。
その後、フゼアっぽいものとか、フレッシュなものとか、色々提案をしたのだけれども、どれも刺さらなくて、自分でもどうしていいかわからなくなったんだ。プロジェクト開始から1年くらいが経過した時だったよ。
そんな時に、ある試作を提案したら、Yohjiチームから大絶賛だったんだ。『もっと早くこれを出してくれればよかったのに』とまで言われたよ。
実は、それはプロジェクトの一番最初に出した、チームが却下したものと全く同じ試作だったんだ。彼ら彼女らは、あのアコードの価値を理解するのに1年が必要だったんだよ」
香りのクリエーションではよくある話だけど、と彼は付け加えて話を閉じた。
私はYohji Yamamoto表参道店の彼にその話を伝えた。どこにも出ていない裏話が聞けて、彼はとても喜んでいた。
スーツ探しから思いがけずオリジナルのYohji Hommeを嗅げる機会に恵まれ、私も嬉しかった。
という、スーツと香水の不思議なお話。
おしまい。
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