サイン会はしたくないけど
調香師という職業は、往々にして人気と実力の乖離が大きくなりがちであると思慮する。もちろん、調香師の実力をどのように測るのか、という問題はあるが、それにしたって大したヒット作も出していない調香師がよくわからない形でもてはやされているのを頻繁に目にする。実力と関係のないところで調香師を“持ち上げる”のは業界にとってあまりいいことではないと思うのだが、いかがだろうか。
そもそも「調香師である」というだけで崇め立てられる傾向にあるのもよくない。一口に調香師といっても様々である。調香師を名乗るのに資格は必要なく、誰であれ名乗るだけならできてしまうから、結果的に玉石混交となってしまっているのだ。
çanomaの香水は全て調香師Jean-Michel Duriezによって調香されている。よく勘違いされるが、私は調香師ではない。
Jean-Michel Duriez(以下ジャンミッシェル)の調香師としてのキャリアはかなり特異なものだ。キャリアの初期、花王で働いたのち(ここでCaronの現調香師Jean Jacques、最近亡くなったGivaudanのOlivier Pescheuxと同僚となり、親交を深める)、Jean Kerléoの後継者としてJean Patouの調香師となる。Rochasを経て、自身の名前を冠したブランドを立ち上げたのち、現在は独立した調香師として他ブランドへのコンサルティングを行っている。çanomaも彼のクライアントのひとつだ。
大手香料メーカーでヒットを飛ばして有名になっていくのとは違い、彼はキャリアの早いタイミングでブランド専属の調香師となった。ジャンミッシェルの話を聞くと、香料メーカーとブランドでは、仕事の仕方は全く違うとのことだ。それぞれに良し悪しはあるが、今のジャンミッシェルの調香スタイルは、ブランド専属の調香師を長くやったことで培われていることがよくわかる。çanomaの香水名の下2桁の数字は試作回数をさすが、外部の調香師を使ってこの回数の試作に付き合ってくれるのは非常に珍しいことだと思うが、それもブランド専属の調香師だったことでの特徴のひとつであろう。
大手香料メーカーで多くのプロジェクトを抱えその中からいくつかの派手なヒット作を生み出すことで名声を獲得する調香師とは違い、ジャンミッシェルはひとつの香りを作るのにたくさんの時間と予算を与えられていた。そのようにして生み出された香りは、マスマーケット向けに作られた大手ブランドの香水とは一線を画すものになっていたのだろう。それもあってか、ジャンミッシェルが他の調香師に会うときに、私はあることに気づいた。
それは、彼に会う調香師の多くが、ジャンミッシェルを尊敬の眼差しでみている、ということ。今日も伊勢丹新宿店での「サロンドパルファン2023」で、ジャンミッシェルがふたりのフランス人調香師と会う場面に居合わせたが、ふたりとも「もう何年も前にお会いしたこと、覚えていらっしゃいますか?私がまだ学生の時です」と、どこか目を輝かせながら口にしていたのだ。
ジャンミッシェルは、もしかしたら消費者の間では必ずしも評価の高い調香師ではないかもしれないが、プロフェッショナルの中ではこの限りではない。南仏グラースの香水作りの技術がユネスコの無形文化遺産に登録される前の最後の講演も、ジャンミッシェルに白羽の矢が立ったし、私が他の調香師にジャンミッシェルに調香を依頼していることを言うと、「どうして彼に調香を依頼できるの?」と驚かれることがある。
私はそういう素晴らしい調香師と共に仕事ができているという点において、とても幸せ者だ。
それはそれとして。
今回の「サロンドパルファン2023」で、ブランドの購入特典として、来日した調香師やブランドオーナーのサインがもらえる、というのを散見するが、あれがどうにも腑に落ちない。「サイン会」という響きから、「私は有名だから、あなた、サイン欲しいでしょ、ね?」といったニュアンスを感じ取ってしまうのだ。
もちろん、この購入特典はオーナーや調香師発案ではなく、ディストリビューターからの依頼だろうので(だよね?)、彼ら彼女らが「私のサイン、欲しいよね?」と思っているわけではない(はず)。また、実際にサインが欲しいお客さんは多いのだろう。
ただ、çanomaでジャンミッシェルや私の「サイン会」を開催する、というのは、違和感しかない。いやいやいやいやいやいやいやいやいやぁ〜…と思ってしまう。
あの、ジャンミッシェルも私も、サインくらいいくらでもするので、気軽にリクエストしてね。本当に。私たちのでよければ。
いや本当に。遠慮しないでね。
「サロンドパルファン2023」も今日で前半が終了。あと残り3日間、私はずっと店頭にいるので、ぜひ会いに来てください。
待ってます。
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