雨と香水
森の中をランニングをしていると、木々の隙間から灰色の重たそうな雲が見えた。間も無く大粒の水滴がぺチッ、ぺチッと地面を打ち、やがてあたりをすっかり濡らしつくす。
いつもであれば（こういうことはよくある）、ツイてない自分と曇天を呪いながら家まで一直線に走るのだが、昨日は違った。そのまま雨に打たれていたいと思った。買ったばかりのランニングシューズ、なんなら真っ白だったが、気にならなかった。雨の中をゆっくり走り、心ゆくまで雨に濡れた。なぜ雨が降ったら人は傘をさし、雨宿りをし、天を呪うのだろうか？雨に濡れたっていいじゃないか。俺は自由だ！
と、1人でショーシャンクごっこをしていたわけだが、そんな中、ふと夏の終わりのある日の雨のことを思い出した。日光は中禅寺湖、人っ子1人いない湖の周りをトレッキングのようなことをしていたら、突然大雨が降り出した。足元は岩場で、その日履いていたのはアシックスの名作ランニングシューズGT-2000。まぁ滑ること滑ること。その後も雨は降り止まないし、いつになったら人がいるところにたどり着けるかもわからない…とりあえず前進するしかなかった。
しかし、それはとても美しい思い出として私の中に残っている。自然の中でただ独り、大雨に打たれながらひたすら歩く…とても清々しかった。自分がどんどん、それこそ中禅寺湖の水のように透明になっていくような気がした。
ようやく人がいるところにたどり着いた頃には、嘘のように晴れていたが、何だか雨が恋しかった。
（ちなみにそのあとに入った温泉は格別だった。鮎の塩焼きも最高だった…また行きたいなぁ、日光…）
私は雨が好きだ。もちろん、降って欲しくない日も多いが、雨の匂いや音はさらなり、ただ自宅の窓からパリの街がしっとりと濡れていく様を見るのもいとをかし。
雨の日は、皆さんはどんな香水を選ぶだろうか？湿度が高いと、いつもと香水の香り方が変わり、普段使っている香りがイマイチに感じられたりすることもあるだろう。雨の日の香水選びは、実は多くの人が結構頭を悩ませているテーマのひとつではないだろうか？
私は今は自分の香水で、雨の日に付けたいものが1本あるためそればかり使っているが、その前はDiptyqueのL'eauを好んで使っていた。
私はこの香水を、「隙間のあるスパイシー」とひそかに呼んでいる。
どういうことかというと、この香水は私に、小さな穴がたくさんあいた、白いすべすべしたおにぎりのような小さな石を想像させるのだ。かなりスパイシーであるが、オリエンタル調の香水によく見られるアニマルな側面はない。しっかりした存在感があるが、どことなく軽やかだ。スパイシーな側面が骨組みのような役割を果たし、その骨組みを柔らかいフローラルノートがそっと包み込む。包み込むがそこには隙間がたくさんあり、そこから生まれる軽やかさが、うまく「呼吸する」スペースを与えてくれるように感じられる。
正直、晴れの日はこのスパイシーさが強すぎて、私にはメタリックにすら感じられてしまう。その白い小さな石の表面がザラザラしすぎているように思われる。しかし雨が降ると、その「隙間」がうまく雨を吸収し、ちょうど良い具合に落ち着くのだ。ザラザラが逆に心地よく感じられる。
香水において、あまりにもスパイシーが際立つと、黒板を爪で引っかくような、「キーン」とした印象を与えてしまう。それを緩和するために、柔らかく包み込むようなアニマルがあると全体がまとまる。多分スパイシーな香りがアニマルな香りと共に頻繁に用いられるのはこのためだ。L’eauはそういったアニマルノートの代わりを、雨が担っているのかもしれない。少なくとも私にはそのように感じられる。
もしかしたら、この香水の名前である « L’eau »、つまり水は、水と一緒になって初めてきれいに香る、という意味だったりして…そんなことはないか。
雨の日には、アニマルでない乾いたスパイシーをオススメする。L’eauはクローブとシナモンがメインの香料として使われているようだが、サフランやカルダモンの香水なんかもいいかもしれない。
あとはジュニパーベリーも雨との相性が良いように思う。ジュニパーベリー系の香水だと、昔持っていたLaliqueのEquusという香水も、私の中では雨の日の出番が多かったように記憶している。
もしお気に入りの雨香水があったら、ぜひ教えてください。また、こういった使うシチュエーションが限定されている香水があれば、そのシチュエーションと共に紹介していただけるととても嬉しいです。
次回も乞うご期待！
※追記
DiptyqueのL'eauは、数年前に処方の変更がなされ、前のバージョンに比べてスパイシーさが弱くなっている。私が所有しているのは古いバージョンなので、今のL'eauがそれでも雨の日向きかどうかはわからない。そこまで大きく変わってはいないと思うが、念のため。