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私を自由にする場所はどこか
家を出たのは朝5時を少しまわった頃だった。寝静まったパリ16区の街は不思議といつもより広く見えた。
思ったよりも寒くないと感じた。スマートフォンで気温を確認すると、マイナス1度。マイナス1度ってこんなもんだっけ…?などと思いながら駅へと向かった。
メトロの始発が5時半だと知ったのは駅に着いた時だった。その15分ほど前に駅に到着してしまった。ホームに電車は停まっているものの、扉は閉まったまま。ベンチに座って待っていると、前を通りかかった人が「始発はホームの端っこに停まってるこれとは別の車両だよ」と親切に教えてくれた。乗り損ねるところだった、危ない危ない。
パリ北駅から出るアムステルダム行きの電車の中でこの記事を書き始めた。今は6時15分。あと5分ほどで電車は発車し、2時間ほど揺られると目的地であるアントワープに到着する。外はまだ真っ暗だ。夜の帷が徐々にに上がっていくのを車窓から眺めるのも悪くないだろう。
ちょっとした仕事の用事と個人的な興味で今回の出張を決めた。国は跨ぐものの時間的なことを考えると大阪に行くようなものだ。日帰りでもいいかと思ったが、ちょっとバタバタしそうだったので1泊することにした。
日本への帰国まではあと10日。それまでにアントワープに1泊、猫を預かるためにパリの友人宅に1泊、そしてミラノに2泊するため、パリの自宅では残り7泊しかない。5週間の長い滞在も終わりに近づいている。
今朝家を出る前、小さくて全身が入りきらないお風呂の中で、パリでの生活の不満について考えてみた。9平米の小さな部屋、ロフトにある小さなベッド、まな板を置いたらそれでおしまいの小さな台所、品揃えと対応のすこぶる悪い近所のスーパー、あれこれ理由をつけて時間通りに動かない公共交通機関、何かにつけて意地悪なパリジャン、道に散乱する犬のフン…
枚挙にいとまがない、とはまさにこのことだが、これらのことが本当に不満かと問われると、案外そうでもない。まぁそんなもんだろう、と思えている節がある。
あれこれ考えていたら、パリでの生活が実は身の丈にあったちょうどいい生活なのではないか、とさえ感じられた。ふと、昨晩の夕食のことを思い出した。小さな台所で、トマト、レンズ豆、グリンピース、オイルサーディン、mâcheという葉野菜のサラダ、茹でたじゃがいも、鶏もも肉のソテーを作って食べた。デザートは誕生日プレゼントにもらったJacques Geninのマロングラッセと、マキネッタで淹れたコーヒー(豆は代々木上原のDelecto Coffee Roastersのもの。これだけは他では替えがきかない)。しっかり満たされた。
パリでの生活に比べると、東京にいる時の自分の方が“欲深い”ような気がする。ついつい外食をしてしまうし、利便性を求めて細々としたものを買いがちだし、何かしらの滞りがあるとすぐに不満を口にしてしまう。便利さが前提となっているからか、私もそれに合わせて我儘になっているのだろうか。
そして、我儘になっているからこそ、パリにいる時よりもさらに不満を抱いているようにも思える。パリのように不便であることが前提である場所の方が、私にとっては全体で見ると快適なのかもしれない。食欲、性欲、物欲…様々な欲が少なくなっているような気がする。
気がするだけかもしれないが…
自分が思っている以上に、本当に必要としているものは少ない、ということなのだろうか。東京の家にはあんなに荷物があるのに、1ヶ月のパリ滞在で必要となっているものは高々スーツケースひとつ分くらいの量だ。それで事足りるし、むしろあれこれ悩まなくて済むから快適だ。着るものは1着のコート、2枚のニット、パンツは3本で2足のスニーカーと2足のブーツ。これでも組み合わせは2×3×4の24通り。普段はもっとたくさんの服の中から選んでいるということは、何千、あるいは何万の組み合わせになっているのかもしれない…その中からその日のコーディネートひとつを選んでいる、と考えるとゾッとする。
「またパリに住みたいと思う?」
友人から度々聞かれるが、正直それはまっぴらごめんだ。今は仕事を理由に足繁く通っているものの、そうでなければ積極的に来たいとは思わない。もしヨーロッパに住む必要があるのならば、フランス以外の都市を選びたい。ミラノ、ウィーン、リスボン、それこそアントワープなんかもいいかもしれない。
今まではそう思っていた。ただ今回の少し長めの滞在を通して、もう一度パリも、あるいは悪くないかもしれない、と考え始めている。それと同時に、日本に帰ることがほんの少しだけ億劫になった。また欲にまみれた自分に戻るのかと思うと、嫌気がさしてくるのだ。
さて、私はどうしたらいいのだろう。もっと自由になりたいと思いながらも、気がつくと足を掴まれていたり羽をもがれていたり、上手に前に進むことができない。
私を自由にしてくれるのは、東京なのか、パリなのか、あるいは他の場所なのか…
私はこれから、どこに住んで何をするのだろう。いずれにしても、もっと自由である場所へと少しずつ向かっていけたらいいな、と思う。
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