
ダイヤモンドと天然石
「ダイヤモンドに価値があると決めたのは人間なんです」
少し前のことだが、とあるジュエリーブランドを運営している方の話を聞く機会があった。そのブランドはさまざまな天然石を使ってジュエリーの制作をしていた。
「ダイヤモンドに限らず、他の天然石も素晴らしい。各人が、自分の価値観で石を選ぶべきだと私は考えています」
言われてみれば、ダイヤモンドが高価であることを何の疑いもなく受け入れているというのは不思議なことだ。埋蔵量や採掘コスト、加工技術というのもあるいはその理由なのかもしれないが、一番は結局のところ、市場が高く評価している、ということに尽きるのだろう。そしてその「市場が高く評価している」ということそのものが、流動性を高め、資産としての価値を担保する、という“好循環”が生まれるのだ。
先週、アントワープに足を運んだ時、大きなストールを購入した。キャメルの手織り生地のもので、短辺のフリンジと様々なまとい方を可能にする2本の長い紐以外は、見る人によっては至って普通のストールだと感じるようなものだ。
はじめてこのストールを目にしたのは、1年ほど前にパリで開催された、Jan Jan Van Esscheというブランドの2024年秋冬コレクションのショールームでだった。このブランドについては少し前に以下の記事でも書いている。
美しい生地の美しい服がずらりと並ぶ中、そのストールがひときわ私の目をひいた。何がそうさせてのかはいまだによくわからない。その色なのか、形なのか、生地が持つテクスチャーなのか、あるいはそういう具体的なものではなく、いわゆる“オーラ”の類なのか…いずれにしても、私はそれを、とても魅力的だと捉えた。そのショールームでオーダーするものはそのストールだと、心に決めていた。
値段を耳にするまでは。
それは私の想像の4〜5倍だったのだ。その背景はキャメルという生地素材と手織りという生産背景に尽きるが、それが“正当な値段”なのかは私には判断がつかなかったし、そもそもその値段だと最初からわかっていたら、もはや選択肢から除外をしていたほどだ。
私は結局その展示会で、そのストールを“見なかったこと”にして、シルクの黒いチュニックをオーダーした。それはそれで今でも気に入っている1着だ。
ただやはりあのストールはずっと気になり続けることになる。そこで、秋冬シーズンの立ち上がりのタイミングで、Jan Jan Van Esscheの取扱店であるContext Tokyoに行ってみた。が、入荷していない、とのことだった。理由は細かくは聞かなかったが、きっと値段はひとつのネックになっていたことだろう。
その他当該ブランドの取扱店のウェブサイト等を見てみたが、結局販売しているところを見つけることはできなかった。
先週アントワープのJan Jan Van Esscheのお店Atelier Solarshopに足を運んだ際、改めてそのストールを目にする機会に恵まれた。ブランドの共同創立者のPietroに、展示会で見たときに心惹かれたが、その後どこのお店でも見つけることができなかったことを話すと、
「値段が値段だけあって、たしかにあまりオーダーは入らなかったよ。多分10点ちょっと程度だったんじゃないかな。ただ、これはスペシャルなアイテムだから、僕たちとしては作ったことにとても誇りをもっているんだ」
と話してくれた。
ちょうどそのとき、お店には私の他にかなり年配のカップルがいた。あとから聞いた話だと、ふたりはもうすぐ結婚するらしく、結婚式のための女性の衣装を探しに来ていたそうだ。
その女性が、その話を聞いてか、そのキャメルのストールを試着した。客観的に見たそれは、不思議な雰囲気を醸し出していた。「美しい」ともまた少し違う、身につける人の一部を“変容”させてしまうような、そんな気がした。エレガントなはずなのに、どこか動物的な印象を受けるのだ。
その後私も試着してみた。やはり、とてもいい。
ふたり一緒になって迷っていると、Pietroが、
「大丈夫、あと残り2点だから」
とバックヤードからもう1点を出してくれた。
「手織りだからそれぞれ少しずつ違うんだ。好きな方を選んで」
結局私は展示されていた方を購入することになる。ぱっと見は同じだが、たしかにふたつの間には差があって、私は購入したものの方にほんの少しだけ強いときめきを感じたのだ。
値段に関しては、誕生日を言い訳にして自分の中で丸め込んだ。それに、自分自身が価値を感じたものなのだ、手に入れられるのであれば、購入するべきだ。ひとりの作り手として、また同時にひとりの消費者として、正しいモノとの向き合い方であるように思った。
これからはもっと、ダイヤモンドの光に惑わされず、天然石の美しさに目を向けられる人でありたい。そして、この広い香りの世界で、私自身が価値を感じられる新たな天然石を、仮にそれが誰からも見向きもされないものであったとしても、もっとたくさん見つけていきたい、と、キャメルのストールに包まれながら、私は思ったのだ。
【çanoma公式web】
【çanoma Instagram】
#サノマ #香水 #フレグランス #ニッチフレグランス #canoma #canoma_parfum #パリ
#フランス