チェックインカウンターS
拝啓
寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。今年は例年以上に風邪やらインフルエンザやらが流行っている印象を受けていますが、そちら様におかれましては健やかでしょうか。
私は昨年末に引いた風邪をいまだに引きずっております。もうかれこれ1ヶ月以上になりますが、どうにも咳が治りません。このまま一生私はコンコン言い続けるのでしょうか。困ったものですね。最近はそんなわけで龍角散のど飴が手放せません。
今日このように筆をとったひとつの大きな理由は、何を隠そう感謝を伝えることです。
羽田空港には中学生の頃からお世話になってきました。佐賀県で中高時代寮生活をしていた間、私は年5回ほど彼の地と東京を往復していました。その際に、成田空港にも新幹線にも、浮気したことはただの一度もございません。いつも私が飛び立ち、そして降り立つ場所は羽田空港と決まっていました。そこにはもちろん利便性という理由もありました。ただそれ以上に私には、東京モノレールで結ばれた羽田空港と東京という街は、まるで三途の川によって隔てられたあの世とこの世のように思われたのです。そこを行き来することで私は、気持ちを新たに新学期を迎えたり、少しだけ成長をして母の前に姿を現すことができました。
また、移動続きの今日においては、今まで以上に羽田空港を頻繁に使用するようになりました。実は私、関西国際空港からホーチミンに向かったその一度を除いて、羽田以外の日本の空港から海外に飛び立ったことはありません。帰ってくる時に成田空港を使用したことは片手て数える程度ありましたが、出国は羽田空港でなければならないのです。年に数回の海外渡航に、それの数倍の国内移動があるので、年間どれくらい羽田空港を使っているのか、私でさえもきちんと把握できなくなってしまいました。
さらに、目的地のない気晴らしのドライブの際、羽田空港ほどその行き先に最適なところはないのです。美味しいレストラン、気の利いた雑貨屋、飛行機の発着陸を眺められるデッキに加え、空港という非日常及びそこに集う人々で醸成されるあの独特の雰囲気が、時に私に癒しを与えてくれます。特に、母の介護生活中の夜のドライブで、羽田空港に幾度となく救われました。
さて、私はこのように、今も昔も羽田空港を、移動はもちろんのことそれ以外の用途でも使用し、それが故に特別な感情を抱いています。友人が羽田空港に到着した際に、わざわざ車を借りて出迎える習慣があるのも、きっとその感情と無縁ではないでしょう。
ただ、そんな特別な羽田空港に、私は小さな小さな“綻び”を見つけてしまいました。セーターの目立たぬところにできた小さな小さな穴のようなそれを、普段だったら取り立てて指摘することはありません。そんなことは取るに足らないことなのです。
それをどうしてもお伝えしなくては、と思ったのは、ひとえに羽田空港が、私にとって特別な場所であるからにほかなりません。気分を害されることを覚悟の上で、私は今日、このように筆をとりました。
つい先日のことです。私はパリに向かうために羽田空港へと向かいました。朝8時40分発の中国東方航空上海行きのフライトに乗るべく空港に到着したのは朝5時ごろでした。
さすがにその時間はまだ人がまばらでした。ベンチで芋虫のように横たわる旅人たちを横目に、私のフライトのチェックインカウンターを電光掲示板で確認しました。
チェックインカウンターは、Sでした。
3階の出発ロビーを見渡しても、そんなアルファベットは見当たりませんでした。AからOまでしか見えませんし、フロアマップにもそう記載されていました。
まず私が考えたのは、きっとフロアマップは3階出発ロビーを網羅しておらず、Oの先にPQRと続きSがあるのでは、ということでした。大小ふたつのスーツケースを転がしながら、チェックインカウンターOまで行きました。
3階出発ロビーはそこで終わっていました。そのさきはガラス張りの行き止まりです。
次に私の頭に浮かんだのは、「ハリーポッター」でした。具体的な数字は思い出せないのですが、分数のプラットホームから電車に乗るシーンがあるはずです。つまり、このガラスを臆することなく進むと、行き止まりだと思われたそれの先に通じており、そこにチェックインカウンターSがある、ということです。
危うく私は一歩踏み出しかけましたが、冷静になるとそんなものはあるはずがないことは自明です。
私は改めて、電光掲示板とフロアマップを見比べることにしましたが、何度見ても、私のフライトのチェックインカウンターはSだし、3階出発ロビーにはチェックインカウンターはOまでしかありません。インフォメーションデスクは早朝なので人は誰もいません。私は途方に暮れてしまいました。
その時、ふと思い立って、スマートフォンを取り出しました。そしてウェブブラウザの検索バーに「羽田空港 第3ターミナル チェックインカウンター S」と入力しました。すると、検索結果の4、5番目あたりに、「羽田空港第3ターミナル1階 チェックインカウンターS」という、写真素材を提供するウェブサイトが引っかかりました。
1階…?そんなバカな…と思い、フロアマップを改めて確認すると、確かに1階にあったのです、チェックインカウンターSが。
このようにして私は、無事にチェックインカウンターSを発見することができ、ことなきを得ましたが、場合によってはゾンビのように3階を彷徨い続けることになったかもしれないのです。あぁ、想像するだけで恐ろしい…
どうでしょう、3階フロアマップのわかりやすい場所に、「チェックインカウンターSは1階にあります」と記載していただく、というのは。それはそんなに手間のかかることではないでしょうし、羽田空港の美しさをそこないうるということもないでしょう。私のように3階を彷徨う人々を大きく減らすのに、きっと大きな貢献を果たしてくれるはずです。
お気分を悪くされていないといいのですが…いずれにしましても、今回のことで、私にもまだ羽田空港の知らない側面があることが明るみになりました。それは私個人としては大変に喜ばしいことです。これからも羽田空港に通うモチベーションにもなります。
そしてもし、3階出発ロビーで迷子の子羊を見つけたら、「もしかして、S?」と声をかけるようにしようと思います。
あるいは、そんな必要もなくなるかもしれません。この手紙を読んだどこかの誰かが、速やかにこのチェックインカウンターS問題を解決してくれるかもしれないのですから。私はそれを、密かに期待いたします。
まだしばらく寒さは続きそうですね。何卒ご自愛くださいませ。
敬具
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